たつやすくらじんじゃ
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楽しみ方達屋酢蔵神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年11月27日(木) 00時45分42秒
参拝:2025年11月吉日
ちの散歩 ちの8 横川地区にある神社で、達屋神社と酢蔵神社が一緒になっているので、こんな名前に。おもしろかったのはここの御柱は一、二、三、四ではなく、達の柱、屋の柱、酢の柱、蔵の柱、と4本になっているところ。誰のアイデアなんだろう。この神社は建屋そのものが神社名になっており、非常に珍しいと由緒に書かれていました。


秋らしく、枯れ葉の落ちた境内

手水の口にも苔が生えている。長い間使っているんだろう。

こう言われると止めてみたくなりますよね。


由緒書に祭神は大己貴命や八意思兼命などとありますが、明治以降のことだと書いています。それ以前には天白神(ミシャグジ)、諏訪二十八天白総社、五竜姫神とあり、また聞き慣れない神様が出てきました。実際のところ、天白神とは何なのかは諸説あるようで、五竜姫神というのも陰陽道の神である、と書いてます。

こんなかんじで、一の御柱、ではないところが面白い




木とともにそびえ立つ御柱

境内には水路が通っているのですが、これは昭和48年に地下水を汲み上げ、周辺の住宅に供給するという一大事業の記念として境内にも水を引いたといういきさつがあるようです。高度経済成長のさなか、上水道の確保は死活問題だったんでしょう。

もう一つ、社殿の左に覆屋があります。中を除いてみると

何やらものものしい石像が。

顔、こわっ!特に目が怖い!いや、実際のところすごいです。ここまで精緻な石像はなかなかお目にかかったことはありません。ホントに感嘆の声が出ました。
そばの石碑には、この横内村には不動尊を信奉する護摩講があり、殿様が病気になったときに祈願したらたちまち治ったことで神剣2本を賜った、とあります。
そばの石碑には、この横内村には不動尊を信奉する護摩講があり、殿様が病気になったときに祈願したらたちまち治ったことで神剣2本を賜った、とあります。

と、不動明王を興味津々で見ていると近所のおじさんに「すごいでしょー」と声をかけられました。話してみると地域の歴史にめちゃめちゃ詳しい。この辺の家のかたで歴史ある家柄のようで、神社の管理も持ち回りでしているとか。ちなみに由緒にある神剣は個人で所有してても管理が大変なので今は諏訪大社の宝物殿にあるそうです。

石像も非常に細かい細工が施されていることをおっしゃってました。龍の鱗なんかはひとつひとつ彫っていてホント細かい。こっちから見るとよく見えるよと言われた角度からパシャ。(下手でうまく見えないかも)
おじさんの話はディープすぎてついていけないところもありましたが、興味深かったのはこの神社は「棟札」が御神体となっているそう。棟札を?と思いましたが、色々と不思議な神社です。
あと、以前は右奥が一の柱(蔵の柱)でしたが、いつかの町内会長さんが右前の柱を「ここを一の柱とします」として変えちゃったそうです。あっ、勝手に変えていいものなんですね・・。
おじさんの話はディープすぎてついていけないところもありましたが、興味深かったのはこの神社は「棟札」が御神体となっているそう。棟札を?と思いましたが、色々と不思議な神社です。
あと、以前は右奥が一の柱(蔵の柱)でしたが、いつかの町内会長さんが右前の柱を「ここを一の柱とします」として変えちゃったそうです。あっ、勝手に変えていいものなんですね・・。

ここの神社は諏訪大社と同様に八ヶ岳から御柱を切り出せる特権を持っている、特別な神社なんだとか。神様も謎だし、由緒書きによると神長官守矢家の平安時代の文書にも登場しており、かなり深い歴史が伺えます。

たまたま地元の人からディープな話を聞けました。時間があればあれこれ聞きたいことがたくさんありましたが、時間もなくお別れ。不審者だと思われたのかもしれないですが(笑)。地方に行くとこういう話好きのおじさん、おばさんにたまに出会います。ネットでは出てこない話が聞けるので、とても面白い。
すてき
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