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楽しみ方碩水寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年01月19日(日) 06時53分06秒
参拝:2025年1月吉日
信濃三十三観音札所第十七番札所碩水寺(旧札所関昌寺)さんに参拝して来ました。
立派な鐘楼門を過ぎると本堂の木彫龍の上に瓦造りの龍🐉がとても見事でした。屋根を補修した際に、古い龍瓦を塗り直して設置し直したそうです。
当寺は天明二年と文化十年の火災にあい、寺の由緒は詳かではないが、
裏山に覚応阿闍梨法印の塔があったことから、もとは真言宗の寺であったことが知られる。
現在の曹洞宗に改められたのは、享禄年中(1528~)、当時の領主青柳近江守清長、伊勢守頼長父子が勢力をはっていた頃のことで、頼長が開基となり、南安曇有明の青原寺二世天如桂樹和尚を請じて開山となし、天文元年(1532)、寺が創立された。
以来、歴住二十六世を数えている。寺領として慶安二年(1649)、
徳川家光将軍より九代に亘って十石の朱印地が与えられ、寺格は高かった。
信濃三十三番札所の十七番関昌寺の朱印所にもなっている。
昼食は、道の駅坂北にあるお食事処もえぎ亭さんで、手打ちうどんのもえぎうどん(青大豆豆乳で練り上げた手打ちうどん)Aセット(冷たいもえぎうどんと野菜天ぷら、煮物、冷奴、漬物)を頂きました。コシが強くて美味しいうどんです。地元産のキクラゲの天ぷらは珍しいものでした。
立派な鐘楼門を過ぎると本堂の木彫龍の上に瓦造りの龍🐉がとても見事でした。屋根を補修した際に、古い龍瓦を塗り直して設置し直したそうです。
当寺は天明二年と文化十年の火災にあい、寺の由緒は詳かではないが、
裏山に覚応阿闍梨法印の塔があったことから、もとは真言宗の寺であったことが知られる。
現在の曹洞宗に改められたのは、享禄年中(1528~)、当時の領主青柳近江守清長、伊勢守頼長父子が勢力をはっていた頃のことで、頼長が開基となり、南安曇有明の青原寺二世天如桂樹和尚を請じて開山となし、天文元年(1532)、寺が創立された。
以来、歴住二十六世を数えている。寺領として慶安二年(1649)、
徳川家光将軍より九代に亘って十石の朱印地が与えられ、寺格は高かった。
信濃三十三番札所の十七番関昌寺の朱印所にもなっている。
昼食は、道の駅坂北にあるお食事処もえぎ亭さんで、手打ちうどんのもえぎうどん(青大豆豆乳で練り上げた手打ちうどん)Aセット(冷たいもえぎうどんと野菜天ぷら、煮物、冷奴、漬物)を頂きました。コシが強くて美味しいうどんです。地元産のキクラゲの天ぷらは珍しいものでした。

ご詠歌と直書き御朱印


参道

六地蔵

池

歌碑

稲荷堂

稲荷堂内

参道

鐘楼門

扁額

境内

境内

本堂

本堂木彫の龍🐉

瓦の龍🐉

狛犬の瓦

狛犬の瓦

本堂内

扁額

本尊
本尊の木造阿弥陀如来像は鎌倉時代に作られたもので、県宝に指定されています。
本尊の木造阿弥陀如来像は鎌倉時代に作られたもので、県宝に指定されています。

十一面観世音菩薩

十一面観世音菩薩な

本堂内

本堂内

鐘楼門裏側から

寺務所

寺務所内

振り返り

お寺前からの西山

もえぎ亭のもえぎ定食A
すてき
投稿者のプロフィール

てけてけ548投稿
令和5年に還暦を迎え、祝いにオートバイ(スーパーカブプロ110)をカスタマイズして購入。訪れた先の食事処、名跡、神社、仏閣を散策し、リターンライダーとして楽しんでいます。この度11月から御朱印巡...もっと読む
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