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楽しみ方勝弦東照宮のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年03月31日(火) 07時30分31秒
参拝:2026年3月吉日
長野県唯一の東照宮で、勝弦東照宮と呼ばれています。鎮座地の勝弦村の新田開発のため住民の方々が幕府に新開出願をした帰りに日光東照宮にお詣りし、無事新開できたことに感謝し創建したと伝わります。塩尻市は江戸時代に中山道などの交通の要所として栄えたので、幕府の奨励を受けて独立して運営できるようになったことに感謝して建てられたようです。

《鳥居》
県道254号線から山麓側に外れた奥にあります。
県道254号線から山麓側に外れた奥にあります。

《手水舎》
水は枯れています。洗ひつるここも…(略)
水は枯れています。洗ひつるここも…(略)

《表参道》

《拝殿》🙏
👁チェックポイント‼️
地方の東照宮の創建は基本的に徳川家の傍流が藩主として赴任したことで幕府の祖(家康公)や将軍家を称えて建てた例、各藩主が幕府側であることを示すために建てた例などが主要となっていますが、当社は村民たちの土地の安堵の御恩を感じて建てられた例という稀有な経緯を持ちます。
塩尻市は近代まで諏訪大社の神領地であり、勝弦の地は筑摩の松本藩の出入りもあって諏訪と筑摩の境界を巡った争いが長く続いた土地であったそうです。
また主要な東照宮の一部は明治になり旧体制の象徴として破却されてしまったものもある中で残っているのは、村民たちの篤い崇敬を感じられます。
👁チェックポイント‼️
地方の東照宮の創建は基本的に徳川家の傍流が藩主として赴任したことで幕府の祖(家康公)や将軍家を称えて建てた例、各藩主が幕府側であることを示すために建てた例などが主要となっていますが、当社は村民たちの土地の安堵の御恩を感じて建てられた例という稀有な経緯を持ちます。
塩尻市は近代まで諏訪大社の神領地であり、勝弦の地は筑摩の松本藩の出入りもあって諏訪と筑摩の境界を巡った争いが長く続いた土地であったそうです。
また主要な東照宮の一部は明治になり旧体制の象徴として破却されてしまったものもある中で残っているのは、村民たちの篤い崇敬を感じられます。

《本殿》
東照宮というとやはり本宮の日光東照宮や上野東照宮のように荘厳な社殿のイメージがありますが、あちらは幕府直轄での創建となった経緯があるため大規模に作られています。こちらは村民たちによって勧請を受け細々と守られていたためか厳かな雰囲気です。
東照宮というとやはり本宮の日光東照宮や上野東照宮のように荘厳な社殿のイメージがありますが、あちらは幕府直轄での創建となった経緯があるため大規模に作られています。こちらは村民たちによって勧請を受け細々と守られていたためか厳かな雰囲気です。

《社務所》
普段は無人のようです。御朱印がいただけるとのことですが、正月などの友人の際に限られるようです。
普段は無人のようです。御朱印がいただけるとのことですが、正月などの友人の際に限られるようです。
すてき
投稿者のプロフィール

神祇伯1768投稿
どうも、全国の古い神社に出没するお稲荷さんの下僕です。ブログで参拝した神社の感想上げてます(3/29更新) 御朱印も集めてますが写真は載せない主義なので、戴けたところは順次報告&更新します。もっと読む
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