ながのけんごこくじんじゃ
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楽しみ方長野縣護國神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年03月29日(日) 21時01分18秒
参拝:2026年3月吉日
全国にある護国神社の一つで、信濃国出身で戊辰戦争による戦没者を祀る招魂社として創建されたのが始まりです。戦後には護国神社が軍国主義の施設と見做されると危惧されたことから、その名を隠すために「美須々之宮」という社名になっていた時期があります。

《鳥居と社号碑》

《表参道》

《顕彰碑》
「嗚呼戦友」とよりそれらしい内容が書いてます。
「嗚呼戦友」とよりそれらしい内容が書いてます。

《境内》
護国神社の参道ってホントに広いですよね…元々何かに使われる目的があったのでしょうか。
護国神社の参道ってホントに広いですよね…元々何かに使われる目的があったのでしょうか。

《手水舎》
水は流れていました。洗ひつるここも…(略)
水は流れていました。洗ひつるここも…(略)

《二の鳥居》

《社殿と翼廊》

《拝殿前》🙏
鎮座地は長野市ではなく松本市であり、県庁所在地にない内務指定護国神社のひとつでもあります。松本市は明治の段階では筑摩県として独立して運営していましたが、県庁が焼失したことで長野県に編入されることになりました。
こちらが招魂社として創建されたときには信濃国では田口、上伊那、諏訪、信濃と国内の南北の主要地域に建てられましたが、現在は信濃招魂社だった当社と諏訪護国神社のみが残ります。
鎮座地は長野市ではなく松本市であり、県庁所在地にない内務指定護国神社のひとつでもあります。松本市は明治の段階では筑摩県として独立して運営していましたが、県庁が焼失したことで長野県に編入されることになりました。
こちらが招魂社として創建されたときには信濃国では田口、上伊那、諏訪、信濃と国内の南北の主要地域に建てられましたが、現在は信濃招魂社だった当社と諏訪護国神社のみが残ります。

《社務所》
御朱印は書置きにて拝受されていました。
御朱印は書置きにて拝受されていました。

《斎館?》
すてき
投稿者のプロフィール

神祇伯1783投稿
どうも、全国の古い神社に出没するお稲荷さんの下僕です。ブログで参拝した神社の感想上げてます(4/12更新) 御朱印も集めてますが写真は載せない主義なので、戴けたところは順次報告&更新します。もっと読む
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