かいがんじ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方海岸寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年09月24日(水) 13時29分57秒
参拝:2025年9月吉日
長野県(中信、南信地区)寺院巡りの5寺目は、国宝松本城が超有名な松本市に在る桐原山 海岸寺です。
真言宗智山派で、本尊は千手観音。
この本尊・千手観音立像は県宝です。
海岸寺は廃寺でお堂が1つあるのみ。地元の保存会にてお堂を管理されており、拝観に際しては松本市教育委員会経由で保存会に連絡して頂いて事前予約する必要があります。
(毎年5月3日の昼から法要があり、その時に開帳されるとの事です。)
飛鳥時代に聖徳太子が創建と伝わりますが、本尊・千手観音が10世紀後半の作とみられるため、その頃この辺りを支配していた須々岐氏が祈願寺として創建と考えられています。当初は現在地から1km程奥の弘法山に在りましたが(基壇が残っている)1591年に火災に遇い、1617年に中腹(中の院)に再建。その後の1668年に現在地に移すも1798年の桐原村大火で堂宇焼失、1801年に茅葺きのお堂を再建しましたが江戸時代終わりには無住となり、明治初期の廃仏毀釈により廃寺になりました。現在は地元の方々による保存会にて維持・管理されています。
松本市街地から東へ行った所、傾斜地に葡萄畑があり、その中を縫う様な細い道を進むと(曲がる所を間違えてしまい、ぐるぐると走ってしまった)、お堂らしき建物が目に入り北側の墓地の近くの路肩に駐車しました。(道路から1段下がった所に墓地、更に1段下がった所にお堂がある)
何処のお堂へ行ってもですが、約束時刻より早く着いても管理されている方は既にいらっしゃいます。本当に頭が下がります。
山門などは無く、鉄筋コンクリート造りの建物(収蔵庫)があるのみ。墓参りに来た近所の方が中に入られていて帰られる所でした。総代さんに挨拶すると上がってくれと。お賽銭を入れて、手を合わせてから入らせて頂きました。中は六畳くらいでしょうか。中央にど~んと千手観音立像と小像の脇侍の不動明王立像と毘沙門天立像。右脇間には十王像(数躯)、地蔵菩薩像、弘法大師像、左脇間にも十王像(数躯)が安置してありました。
モノクロ写真が掲げてあり、お訊きしたら以前のお堂の写真で(物置小屋に毛が生えた程度)、総代さんが子供の頃の遊び場で観音像の持物を外して遊んだりしていたとの事。今では考えられない大らかな時代だった様です。
千手観音立像は、高さ約157cm、一木造、内刳は無し。股の膝下辺りに渦巻き模様が2つ。平安時代中期の作。お顔は面長で二重顎。体躯がやや細身だからか脇手が翼の様に両側に大きく拡がって見えました。(格好いい)
御朱印は県道を少し西へ行った兎川寺で頂けるので行ってみて下さいとの事。
それと、収蔵庫からは西方向が開けていて眼下に松本市が一望、空気が澄んで天気が良ければその先に乗鞍岳や常念岳が見えるとの事でした。
真言宗智山派で、本尊は千手観音。
この本尊・千手観音立像は県宝です。
海岸寺は廃寺でお堂が1つあるのみ。地元の保存会にてお堂を管理されており、拝観に際しては松本市教育委員会経由で保存会に連絡して頂いて事前予約する必要があります。
(毎年5月3日の昼から法要があり、その時に開帳されるとの事です。)
飛鳥時代に聖徳太子が創建と伝わりますが、本尊・千手観音が10世紀後半の作とみられるため、その頃この辺りを支配していた須々岐氏が祈願寺として創建と考えられています。当初は現在地から1km程奥の弘法山に在りましたが(基壇が残っている)1591年に火災に遇い、1617年に中腹(中の院)に再建。その後の1668年に現在地に移すも1798年の桐原村大火で堂宇焼失、1801年に茅葺きのお堂を再建しましたが江戸時代終わりには無住となり、明治初期の廃仏毀釈により廃寺になりました。現在は地元の方々による保存会にて維持・管理されています。
松本市街地から東へ行った所、傾斜地に葡萄畑があり、その中を縫う様な細い道を進むと(曲がる所を間違えてしまい、ぐるぐると走ってしまった)、お堂らしき建物が目に入り北側の墓地の近くの路肩に駐車しました。(道路から1段下がった所に墓地、更に1段下がった所にお堂がある)
何処のお堂へ行ってもですが、約束時刻より早く着いても管理されている方は既にいらっしゃいます。本当に頭が下がります。
山門などは無く、鉄筋コンクリート造りの建物(収蔵庫)があるのみ。墓参りに来た近所の方が中に入られていて帰られる所でした。総代さんに挨拶すると上がってくれと。お賽銭を入れて、手を合わせてから入らせて頂きました。中は六畳くらいでしょうか。中央にど~んと千手観音立像と小像の脇侍の不動明王立像と毘沙門天立像。右脇間には十王像(数躯)、地蔵菩薩像、弘法大師像、左脇間にも十王像(数躯)が安置してありました。
モノクロ写真が掲げてあり、お訊きしたら以前のお堂の写真で(物置小屋に毛が生えた程度)、総代さんが子供の頃の遊び場で観音像の持物を外して遊んだりしていたとの事。今では考えられない大らかな時代だった様です。
千手観音立像は、高さ約157cm、一木造、内刳は無し。股の膝下辺りに渦巻き模様が2つ。平安時代中期の作。お顔は面長で二重顎。体躯がやや細身だからか脇手が翼の様に両側に大きく拡がって見えました。(格好いい)
御朱印は県道を少し西へ行った兎川寺で頂けるので行ってみて下さいとの事。
それと、収蔵庫からは西方向が開けていて眼下に松本市が一望、空気が澄んで天気が良ければその先に乗鞍岳や常念岳が見えるとの事でした。
すてき
投稿者のプロフィール

nomuten1417投稿
仏像の造形美に惹かれて、主に寺院に参拝しております。 御朱印収集はしておりませんが、あれば頂戴します。但し、お洒落な、手の込んだ限定御朱印などは余り頂戴しませんので悪しからずです。(限定御朱印は...もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。



















