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もひろげじんじゃ

毛比呂計神社
宮崎県 高鍋駅

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毛比呂計神社の基本情報

住所

宮崎県宮崎県児湯郡高鍋町北高鍋2015-イ

行き方

・高鍋ICより車で約10分
・JR高鍋駅より車で約10分

アクセスを詳しく見る
名称

毛比呂計神社

読み方

もひろげじんじゃ

電話番号(0983)23-1728
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttps://www.m-shinsei.jp/m_shrine/%e6%af%9b%e6%af%94%e5%91%82%e8%a8%88%e7%a5%9e%e7%a4%be%ef%bc%88%e3%82%82%e3%81%b2%e3%82%8d%e3%81%92%e3%81%98%e3%82%93%e3%81%98%e3%82%83%ef%bc%89/

詳細情報

ご祭神底筒之男神(そこつつのおのかみ)
中筒之男神(なかつつのおのかみ)
上筒之男神(うわつつのおのかみ)
創建時代

不詳

創始者

福智王

本殿

本殿(神明造) 拝殿(入母屋造)

ご由緒

小丸川河口近くの右岸と宮田川下流の右岸とに挟まれた、沖積地北高鍋の中津留に鎮座する。当社の由緒は、孝謙天皇の御宇、百済に福智王という人あり、乱のためにその父貞嘉王と日本に奔った。始め安芸の厳島に至り、のち児湯郡蚊口浦に来たり、海水に霑した衣冠束帯等を石の上に置いて乾かした。そこでここを毛比呂計(裳拡け)といい、神社を創建したのが始まりと伝える。また、付近に石船という地名があり、彼等一行の船が没したのでこの名がついたと伝える。
棟札によれば、永享十二辛酉(1440)三月、田部金綱により再興され、その後、永禄十年正月再興、寬永元年十二月種孝公により再興、慶安二年十一月種春公により再興、貞享二年十月再興、寬永七年三月種政公により再興、享保十一年九月種弘公により再興、文化十一年種任公により再興されるなど、歴代領主からも篤く尊崇された社であった。明治四年村社に列格し、同四十年二月神饌幣帛料供進社に指定された。
社名は、『高鍋寺社帳』には裳廣解大明神とあり、『比木寺社帳』には級纊大明神と記されていたが、現在は毛比呂計神社と書いている。

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