法然上人伊賀新二十五霊場、伊賀忍者回廊にて参拝しました。
創設は確かではありませんが、永久3年(1115)東大寺解案に『興福寺末寺正覚寺領七丁……』の文章が残っています。興福寺の荘園だったようで、古い歴史のある寺院です。
本堂西側の墓地に藤林長門守一族の墓所があります。もとは、正覚寺から300mほど離れたところにある藤林氏の館跡にあったものですが、大正時代の初めに当寺へ移されました。
藤林長門守は、服部半蔵、百地三太夫と相並ぶ三大上忍の1人、忍術の大家で、伊賀北部地域、甲賀地域の両方を配下に治め、伊賀・近江境の守護にあたっていたと思われます。