とうぜんじ
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楽しみ方東禅寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年02月18日(火) 18時56分58秒
参拝:2025年2月吉日
尾鷲市賀田(かた)湾背後の山麓に、古い石垣の上に建つのがお寺寺です。
慶長年間(1596~1615年)の開創と伝え、江戸時代中期には、石垣なども整備されたといわれています。
またこの地域は地震、津波が何度となく襲い、多くの犠牲者を出しており、その供養塔が建てられています。(熊野市の光明寺もそうでした)
慶長年間(1596~1615年)の開創と伝え、江戸時代中期には、石垣なども整備されたといわれています。
またこの地域は地震、津波が何度となく襲い、多くの犠牲者を出しており、その供養塔が建てられています。(熊野市の光明寺もそうでした)

寺号標

六地蔵

山門禁葷酒(くんしゅ)と書かれた石碑
臭いもの食べ、酒を飲んで寺の中に入る事を禁止します。
何処の禅寺にも書かれていることですが、厳しく修行僧や門徒を戒めた言葉です。
案内板より
臭いもの食べ、酒を飲んで寺の中に入る事を禁止します。
何処の禅寺にも書かれていることですが、厳しく修行僧や門徒を戒めた言葉です。
案内板より

此石階、夜念仏観化建立、延亭寅始辰終,同士六人
この石段は、夜集まって念仏を唱える人々の内、有志六名が整備をしました。工事は延亭三年(1746)から延亭五年までの足かけ三年を要したと書いてあります。
たぶん山門まで登る道が狭く雨が降る度に荒れたことでしょう。
それにしても、本人達の名前を書き残さなかったことに奥ゆかしさを感じます。
平成二十五年三月 濱中良平解説
案内板より
この石段は、夜集まって念仏を唱える人々の内、有志六名が整備をしました。工事は延亭三年(1746)から延亭五年までの足かけ三年を要したと書いてあります。
たぶん山門まで登る道が狭く雨が降る度に荒れたことでしょう。
それにしても、本人達の名前を書き残さなかったことに奥ゆかしさを感じます。
平成二十五年三月 濱中良平解説
案内板より

山門

鐘楼

佛向山の扁額

手水舎

本堂

扁額

お堂内


三重梅花百観音 第二十三番霊場です

六角堂
すてき
投稿者のプロフィール

a.tanaka496投稿
熊野古道伊勢路旅を始めたのがきっかけで、これまで以上に神社やお寺に惹かれるようになりました。今は 三重県中心に巡っていますが、これからは県外にも活動範囲を広げていきたいと思っています。もっと読む
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