御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

編集詳細

2025年04月20日(日) 14時39分 bya.tanaka

履歴一覧へ戻る
宗派
郵便番号
ご由緒
編集後
大日権現社は、県指定名勝宮川堤の河川敷上(高水敷)に位置しています。祠には、自然石製現高六○センチ幅三五センチの石碑が祀られています。石碑の中央には、「大日権現 元禄六年癸酉(1693)五月吉日」の刻字があります。石碑は昭和五十八年(1983)十月に、宮川町の住民により宮川河川敷の草叢から発見されました。その後宮川町の人々が協力して、祠を作り、大日権現社として、祀られました。現在も宮川堤周辺の人々から宮川の洪水を防ぐ守り神として大切にされています。
寛永から元禄年間にかけて、台風などの襲来の度に『宮川』は氾濫して、堤防などの決壊などの災害が発生して、人家、人命が数多く失われていた。
寛永の頃の『松井孫右衛門』がこの災害、被害から人命を守って人柱になられたことは、よく知られている。
ところが『松井孫右衛門』が人柱になられ てからも天災は絶えることなく、多くの人が水害になやまされていた。宮川の地元に、町人で『彦兵衛』と云う人が住んでいた 。この方は祖先の菩提を『大日如来』様によって信仰して居られた。近くの宮川の毎年の災害に心を痛め、洪水や家が流されたりのことに、心を痛めていました。『孫右衛門』が人柱になられてから100年程経過した時代である。『彦兵衛』は、この様ではと『松井孫右衛門』の墓前に願をかけました。ある日『彦兵衛』の枕元に、孫右衛門さんが、当時の服装で立たれ、「彦兵衛よ、お前の気持はよくわかる、この俺もお前と同じであった。俺が人柱となって世を救うと云う事は所詮人間が死に至って何の力が出ようぞ、彦兵衛よ、 この願を聞いてくれ 。幸い伊勢の国は、天照大神のおわします処、お前が神宮に御祈願して、お前の祖先と供に合祀して『大日権現』として祭られよ。さすれば子々孫々の代に安穏の時代が来て、栄える地となろう」と伝えて、孫右衛門は消えられた。 彦兵衛はこれを実行して現地に碑を建てられたが、安堵してか後世に伝えるまでもなく他界された。それ以後、この地に『大日権現』が人に知られることなく、守護神として鎮座されたのである。
メールアドレス
見所
参拝時間
twitter
facebook
instagram
LINE
駐車場
トイレ
参拝所要時間
参拝料
山号
院号
創立
創始者/開山・開基
本殿/本堂の建築様式
巡礼
行事
文化財
ご神体
YouTube