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100年後に神社お寺を残せる未来へ











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100年後に神社お寺を残せる未来へ
境内・文化財
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写真

《山神の塚》

《御厨の石碑》
古来より大きな神社は自社への神饌を調達するための土地として神戸や神田を持っていましたが、それらの土地は米の農産地として機能していました。
のちに神社への奉納物を各地の特産品を納める代わりに神税を免除してもらう政策を各地の領主が行うようになり、その特産品の産地として荘園内に設けたものを「御厨」と呼びます。
当地も調べても情報が出てきませんが「大基御厨」と呼ばれる地であり、「天照大神」と刻まれていることから、伊勢の神宮に対する献上品を作っていたと思われます。

《拝殿》🙏
当社が現在地へ遷座する前にあったとされる大鳥居前ですが、可能性があるとすると桑名市多度町大鳥居でしょうか。こちらはかつて多度大社の鳥居があったことが由来とされています。
ちなみに大鳥居には別で八幡神社が現在もありますが、こちらは神社合祀政策で野志里神社に合祀され戦後に再分社しており関連は不明です。

《社務所》
普段は無人で猪名部神社さんが兼務しています。御朱印もいただけるようですが、過去の記録だと大木神社の字入れでハンコは猪名部神社のものを使っていました。

《表参道》

《由緒書き》
👁チェックポイント‼️
当社は河曲郡の式内社「大木神社」の社名を持ちますが、鎮座地は現在に至るまで員弁郡であることから論社には挙げられていません。しかし関連がないかと言われるとそうではないと思われます。
というのも現在式内社・大木神社の論社に挙げられる須伎神社は鈴鹿市南長太町にある「長太の大楠」のそばにあった大木神社を合祀しています。そしてこの大木神社は天王社と呼ばれていた江戸時代に大楠のそばに遷座して改称したとされています。
ではこの天王社はどこなのかというと、当社の由緒書きでは「かつて天王社の跡地に遷座した」とあるので、この「天王社」が大楠の近くに遷座した大木神社ではないかと推測できます。
当地が「大基」と呼ばれていたことが「大木」へと改称され、その後実際の長太の大楠へ遷座していったのかもしれませんね。

《灯籠》

《遊具》

《鳥居と社号碑》
当時の社格である村社が刻まれています。

拝殿

手水舎

鳥居
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大木神社の情報
| 住所 | 三重県員弁郡東員町大字大木785 |
|---|---|
| 行き方 | 東員町オレンジバス南北線 大木神社バス停より徒歩1分 |
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