おおのじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方太神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年04月14日(火) 07時20分38秒
参拝:2026年3月吉日
伊勢国朝明郡の式内論社です。御祭神は神八井耳命さまという初代神武天皇さまの御子の一人であり、古代氏族・多氏の祖神となった方を祀っています。明治の神社合祀政策で朝明町の石部神社に合祀されましたが、戦後に氏子たちの意向で再興されました。

《鳥居と社号碑》

《手水舎》
水は枯れています。洗ひつるここも…(略)
水は枯れています。洗ひつるここも…(略)

《社務所》
普段は無人であり、御朱印は兼務している殖栗神社さんで拝受することができます。
普段は無人であり、御朱印は兼務している殖栗神社さんで拝受することができます。

《拝殿》🙏
👁チェックポイント‼️
御祭神の神八井耳命さまについては神武天皇さまの皇子三兄弟の2番目であり、長男の手研耳命さまから皇位をされると感じて、三男の神渟名川耳命(のちの二代綏靖天皇)さまとともに先制して殺してしまい、その行いを恥じて皇位を譲り祭主の職掌を担当したことが『古事記』に記されています。
しかし当社の由緒書きではその名前は八つの井戸、八つの耳を持つ聡明で慈悲深い神様と書かれており、なんか怪物(比喩?)のような自然神のような書かれ方をされています。
👁チェックポイント‼️
御祭神の神八井耳命さまについては神武天皇さまの皇子三兄弟の2番目であり、長男の手研耳命さまから皇位をされると感じて、三男の神渟名川耳命(のちの二代綏靖天皇)さまとともに先制して殺してしまい、その行いを恥じて皇位を譲り祭主の職掌を担当したことが『古事記』に記されています。
しかし当社の由緒書きではその名前は八つの井戸、八つの耳を持つ聡明で慈悲深い神様と書かれており、なんか怪物(比喩?)のような自然神のような書かれ方をされています。

《由緒書き》
鎮座地の大鐘町はかつて太神社の別当寺であった西徳寺の鐘撞堂があり、その鐘がものすごく大きかったことが「大鐘」の由来となったそうです。
鎮座地の大鐘町はかつて太神社の別当寺であった西徳寺の鐘撞堂があり、その鐘がものすごく大きかったことが「大鐘」の由来となったそうです。

《本殿》
ちなみに式内社「太神社」の同じく論社に挙げられる大安町の大神社とは御祭神が違っており、あちらは三輪氏の祖神である大物主命さまを祀ります。
この大(太)神社に対する神八井耳命(多氏)と大物主命(三輪氏)の混同については、尾張国の式内社である大神社と大神神社でも見られる事例です。
ちなみに式内社「太神社」の同じく論社に挙げられる大安町の大神社とは御祭神が違っており、あちらは三輪氏の祖神である大物主命さまを祀ります。
この大(太)神社に対する神八井耳命(多氏)と大物主命(三輪氏)の混同については、尾張国の式内社である大神社と大神神社でも見られる事例です。

《山神の塚》


《旧社地の碑》
鎮座地からまっすぐ坂を降りて左に曲がったところにこちらの大きな石碑があります。明治の神社合祀政策で石部神社に合祀されるまでは太神社はこちらに鎮座していたと由緒書きにあります。かつてはその名を表すように広大な境内を有していたようですが、元の場所に再建できなかったのは現在のように田んぼとして開墾されていたからなのかもしれません。
鎮座地からまっすぐ坂を降りて左に曲がったところにこちらの大きな石碑があります。明治の神社合祀政策で石部神社に合祀されるまでは太神社はこちらに鎮座していたと由緒書きにあります。かつてはその名を表すように広大な境内を有していたようですが、元の場所に再建できなかったのは現在のように田んぼとして開墾されていたからなのかもしれません。
すてき
投稿者のプロフィール

神祇伯1785投稿
どうも、全国の古い神社に出没するお稲荷さんの下僕です。ブログで参拝した神社の感想上げてます(4/12更新) 御朱印も集めてますが写真は載せない主義なので、戴けたところは順次報告&更新します。もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば神主さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
神主さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。




