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歴史

棟札によれば、慶長14年(1609)天照大御神を当地に勧請し、南市場神明社が創建された。その後、社名を南神明社と改称。
明治40年、日吉神社、岡山白髭神社、山之神、並びに天正10年(1582)創建と伝えられる追分神明社をそれぞれ南神明社に合祀の上、日永神社と単称。同44年、日永字蔵屋敷の池鯉鮒(ちりゅう)社、字登城山の稲荷社を合祀。
大正5年、神饌幣帛料供進社に指定。なお、延宝元年(1673)の四日市代官川合助右衛門より社人宛に出された文書によれば、社頭は、南神明領が上田一反六畝一一歩、大明神領(岡山白髭神社)が上田四畝一六歩、山王領(日吉神社)が上田三畝一四歩であった。

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日永神社の基本情報

名称日永神社
通称南神明社
トイレあり

詳細情報

ご祭神《合》栲幡千千姫神,大山咋神,猿田毘古神,波迩夜須毘売神,菅原道真,大物主神,大山津見神,道反之神,宇迦之御魂神,《主》天照大御神,《配》天手力男神
創建時代慶長14年(1609)
ご由緒

棟札によれば、慶長14年(1609)天照大御神を当地に勧請し、南市場神明社が創建された。その後、社名を南神明社と改称。
明治40年、日吉神社、岡山白髭神社、山之神、並びに天正10年(1582)創建と伝えられる追分神明社をそれぞれ南神明社に合祀の上、日永神社と単称。同44年、日永字蔵屋敷の池鯉鮒(ちりゅう)社、字登城山の稲荷社を合祀。
大正5年、神饌幣帛料供進社に指定。なお、延宝元年(1673)の四日市代官川合助右衛門より社人宛に出された文書によれば、社頭は、南神明領が上田一反六畝一一歩、大明神領(岡山白髭神社)が上田四畝一六歩、山王領(日吉神社)が上田三畝一四歩であった。

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