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2025年02月09日(日) 19時09分 bya.tanaka

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名前
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大滝神社
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大滝神社(岩瀧神社)
ふりがな
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おおたきじんじゃ
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おおたきじんじゃ(いわたきじんじゃ)
ご由緒
編集後
 崇神天皇58年巳春、豊鋤入姫命より倭姫命に事寄せ給ひ、同60年 未冬此地の西南十曲ケ国獄に後降臨の事を秋志野々宮で宇多の大采称奈ノ命へ教へ給ひ、直に迎え奉り鎮座されたと。また、垂仁天皇25年丙辰春倭姫命行啓の時、大田命の啓行によってこの地に至り給い、この岩滝の上りに鎮座されたことが古老の伝えに残っている。
 明治4年(1871)以来村社、明治8年(1875)12月郷社となる。明治40年(1907)11月20日岩滝神社境内社・船木・三瀬川の各社を合する。阿曽村八柱神社およびその境内社、他の阿曽各社を合祀の上、明治41年(1908)10月9日滝原長者野に移転、合祀の上大滝神社と単称、明治42年3月1日合祀を完了した。
 昭和21年(1946)2月2日勅令第71号により社格廃止、勅令第70号宗教法人令により昭和21年5月10日宗教法人となる。
 神社規則承認三規承 昭和27年(1952)4月1日第408号。 崇神天皇58年巳春、豊鋤入姫命より倭姫命に事寄せ給ひ、同60年 未冬此地の西南十曲ケ国獄に後降臨の事を秋志野々宮で宇多の大采称奈ノ命へ教へ給ひ、直に迎え奉り鎮座されたと。また、垂仁天皇25年丙辰春倭姫命行啓の時、大田命の啓行によってこの地に至り給い、この岩滝の上りに鎮座されたことが古老の伝えに残っている。
 明治4年(1871)以来村社、明治8年(1875)12月郷社となる。明治40年(1907)11月20日岩滝神社境内社・船木・三瀬川の各社を合する。阿曽村八柱神社およびその境内社、他の阿曽各社を合祀の上、明治41年(1908)10月9日滝原長者野に移転、合祀の上大滝神社と単称、明治42年3月1日合祀を完了した。
 昭和21年(1946)2月2日勅令第71号により社格廃止、勅令第70号宗教法人令により昭和21年5月10日宗教法人となる。
 神社規則承認三規承 昭和27年(1952)4月1日第408号。