御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方
常福寺ではいただけません
広告
常福寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2021年08月10日(火)
参拝:2021年8月吉日
岐阜・三重寺院巡りの2寺目は三重県津市白山町(平成の大合併の前は一志郡白山町)に在る雨宝山 功徳院 常福寺です。
天台宗で、本尊は秘仏の千手観音です。(国の重文指定)平安時代初期の作で、年に1度、8/9の10時~20時のみ開帳されます。
この開帳のために1寺目の岐阜市から南下し、高速道路を利用して津市の久居ICで降り、国道165号線を西へ向かいやっとの思い?で着きました。
伝えによれば、814年に弘法大師空海が伊勢神宮参篭の際にお告げによりこの地で千手観音を刻み、奉安したのが始まり。室町時代に伊勢の国司が堂塔を再興するも戦国時代の兵火により廃燼に帰すが、本尊は近くの成願寺に移座。140年後の江戸時代に堂宇を再建し、本尊を迎え現在に至っています。しかしながら現在は無住であり、近隣住民の方々と成願寺にて護られています。(ご苦労様です。)
国道端に千手観音のノボリがあり、そこを下りましたが、道は細いし、苔むしているため、滑らない様にゆっくりと。するとお堂の向かいに10台位停めれる駐車場がありました。
(東の集落から向かうと平坦な道らしい。)
山門はありませんが、数段の石段を上がると境内で、左側に三十三ヶ所観音堂、更に石段を上がると観音堂、右側へ進むと本堂・庫裡です。目当ての千手観音は更に上がった所(観音堂の裏手の上方)の収蔵庫に祀られています。
扉が開かれていて、庫内には入れませんが、それ程離れていないためよく観れます。像高60cm弱の立像ですが、切れ長の目で凛々しく迫力があり、もっと大きく感じます。
衣のひだも深く、足元の衣は風を受けて後ろにたなびいている感じ。素晴らしい仏像だと思いました。
また、本堂には江戸時代に製作の涅槃図が掲げてありました。
天台宗で、本尊は秘仏の千手観音です。(国の重文指定)平安時代初期の作で、年に1度、8/9の10時~20時のみ開帳されます。
この開帳のために1寺目の岐阜市から南下し、高速道路を利用して津市の久居ICで降り、国道165号線を西へ向かいやっとの思い?で着きました。
伝えによれば、814年に弘法大師空海が伊勢神宮参篭の際にお告げによりこの地で千手観音を刻み、奉安したのが始まり。室町時代に伊勢の国司が堂塔を再興するも戦国時代の兵火により廃燼に帰すが、本尊は近くの成願寺に移座。140年後の江戸時代に堂宇を再建し、本尊を迎え現在に至っています。しかしながら現在は無住であり、近隣住民の方々と成願寺にて護られています。(ご苦労様です。)
国道端に千手観音のノボリがあり、そこを下りましたが、道は細いし、苔むしているため、滑らない様にゆっくりと。するとお堂の向かいに10台位停めれる駐車場がありました。
(東の集落から向かうと平坦な道らしい。)
山門はありませんが、数段の石段を上がると境内で、左側に三十三ヶ所観音堂、更に石段を上がると観音堂、右側へ進むと本堂・庫裡です。目当ての千手観音は更に上がった所(観音堂の裏手の上方)の収蔵庫に祀られています。
扉が開かれていて、庫内には入れませんが、それ程離れていないためよく観れます。像高60cm弱の立像ですが、切れ長の目で凛々しく迫力があり、もっと大きく感じます。
衣のひだも深く、足元の衣は風を受けて後ろにたなびいている感じ。素晴らしい仏像だと思いました。
また、本堂には江戸時代に製作の涅槃図が掲げてありました。
すてき
投稿者のプロフィール
nomuten970投稿
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。