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2026年04月23日(木) 17時58分 byハイチュウ

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通称
編集前
今井観音
編集後
今井観音 今井の観音さん
ご由緒
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寺記によれば、弘仁三年春二月(812)弘法大師が真言密教の弘通祈念の為、伊勢神宮参拝の途路、当地で美音の鶏声を聞き、清泉湧出の吉兆を発見、ここを霊地とみて、伊勢神宮より拝領した金縄、金鶏、瓶水を山腹に納めて寺鎮とし、当寺を創設。これを以て山号を「金縄山(きんじょうざん)」と号した。後世に「金縄」と「今井」の音読が近いことで現在の「今井山」となった。本尊は十一面観音、脇侍に不動明王、毘沙門天をはじめ弘法大師、興教大師を安置する。永禄年中(1558~70)の兵火により、一時本尊を他村へ移した事により、災禍重なり村人は再び勧請して当山へ戻し祀ったところ、以来安泰に村は栄えた、と伝記に記されている。近郷近在の崇敬を集め、豊作、豊漁、雨乞いの祈願寺でもあった。鎌倉時代、木曽義仲の臣で四天王の筆頭今井四郎兼平は暫時、当地に住み栄えたが義仲の平家討伐に呼応し、持念佛の毘沙門天王を当山に納め出陣。粟津ヶ原の合戦で戦死した故事は地区の盆踊りの歌詞にも残されている。後世に至り藤堂家の祈願所にも当てられた。往昔は、寺領も広大で、山門が今の志登茂川近く(約300m南)にあったといわれる。古刹の歴史は今日に伝えられ、「今井の観音さん」と親しまれ多くの参詣者がある。 
(『三重四国八十八ヶ所霊場』HPより)
Introduction
創立
編集後
弘仁3年(812)
創始者/開山・開基
編集後
弘法大師
中興の祖
Restored time
社格