臨済宗大徳寺派
宝林寺のお参りの記録一覧
京都府亀岡市にあるお寺です。
山号は曹渓山
宗旨宗派は臨済宗大徳寺派
ご本尊は聖観世音菩薩
です。
とても立派なお寺でしたが 中に入っての参拝ができませんでした。
後で知ったのですが 参拝には予約が必要でした。
収蔵庫には釈迦・薬師・阿弥陀の三如来像が安置されています。
三躰とも平安時代の様式で重要文化財に指定されています。
毎年9月8日「薬師祭」のみ重文の仏像が公開されます。
由緒については
寶林寺の創建については 天正年間(一五七三~一五九二)の明智光秀の丹波進攻に伴う兵火により廃寺となった かつて神前集落の北側の北山から西に派生する尾根を中心に七堂伽藍を誇った天台宗の宝釈寺を再興する形で創建されたことが『春嶺紹温偈頌(げじゅ)』や『明治維新前地方民政制度調査要綱』等により知ることができます。
宝釈寺廃絶後 祀られていた仏像や石塔等は 神前集落の西に鎮座する佐々尾神社の神宮寺とされる神護山慈眼寺に移されました。
しかし明治の神仏分離政策により慈眼寺は廃寺となったため 宝釈寺の旧仏等は 再び遷座の憂き目をみることとなりました。
薬師如来坐像・釈迦如来坐像・阿弥陀如来坐像・石造九重塔・宝篋印塔等は寶林寺に 毘沙門天立像・持国天立像は 東神前の大悲山浄念寺に遷されました。
とありました。
本殿だけ写させていただきました
すごくないですか 岩の上に生える木
中に入れず外から参拝
寛文年間(1661年~1672年)大徳寺の僧・春嶺紹温が開いたと伝わる。
1292年製作の九重石塔が重文指定されている。
本堂
本堂
山門
収蔵庫
九重石塔
九重石塔
九重石塔
九重石塔
九重石塔
宝篋印塔
京都府北部・中西部寺巡りの3寺目は、先の綾部市から南へ60km位行った亀岡市に在る曹渓山 寳林寺です。
臨済宗大徳寺派で、本尊は聖観音菩薩。
こちらは釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来の三如来像を収蔵庫に所蔵しており、3躯とも重文です。
観光寺院ではありませんので、拝観するには事前予約が必要です。尚、年に1日、9月8日だけは朝から夕方まで収蔵庫の扉を解放するため予約無しで拝観可とご住職からお聞きしました。
寛文年間の1661年に大徳寺204世の春嶺紹温和尚により創建。三如来像は、近くに在った七堂伽藍を有していた宝釈寺が明智光秀の兵火により焼失・廃寺となり、こちらへ遷されたものとの事です。
山門手前に5台位停めれる駐車場があります。
約束時刻に庫裏へ伺うとご住職が出てこられて、池の前を通って収蔵庫へご案内頂きました。(境内地には大きな池が段々畑の様に3段になってあります。)収蔵庫の扉を開けて頂くとドンドンドンと三如来。左から阿弥陀如来坐像、薬師如来坐像、釈迦如来坐像。
阿弥陀如来坐像は高さ約140cm、平安時代後期の作、定朝様で優しいお顔。薬師如来坐像は高さ約120cm、平安時代後期の作、ふっくらとしたお顔。釈迦如来坐像は高さ約142cm、先の2躯よりやや後の鎌倉時代の作、胸が厚く、面長でやや眼が吊り上がって厳しい感じ。貴族中心の時代から戦が多い武家社会となり仏像に求められる事が変わったと思われます。3躯の如来が1度に観られるのは比較も出来ていいと思います。
収蔵庫の右側には宝篋印塔、左側には鎌倉時代作の九重石塔(重文)があります。
最後に御朱印をお願いし、拝観料と併せてお納めしました。
御朱印
山門
本堂
収蔵庫
三如来像(ネットから転載)
阿弥陀如来坐像
薬師如来坐像
釈迦如来坐像
宝篋印塔
九重石塔(重文)
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