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楽しみ方高倉神社のお参りの記録一覧

綾部市高倉町の高倉神社⛩️
御祭神は後白河天皇の第三皇子(第二の説あり)である、高倉宮以仁王(もちひとおう)🙏
以仁王は治承4年(1180)源頼政に呼応して、平家打倒の挙兵を促す「以仁王の令旨」を出します⚔️
しかし計画は平家に露見し、宇治川の合戦で敗北した頼政は平等院で自害😣以仁王は奈良・南都に落ちのびる途中、光明山寺鳥居前で流れ矢に当たり首を刎ねられた、というのが史実のようです🤔
実際、木津川市山城町には以仁王の墓と高倉神社が存在しています✨
では何故綾部市に以仁王を祀る神社があるのか?
綾部市高倉神社の由緒によれば、光明山寺前で逝去したのは偽りで、従者十二士と共に密かに頼政の領地丹波路に落ちのびたというのです😲
しかし矢傷の悪化で、治承4年6月9日「後世、庶民の腹痛の悩みを吾れ代わって救わん」との言葉を遺し逝去。養和元年(1181)以仁王を祀る高倉神社が創建されました。神社の御利益に珍しい“腹痛救護”があるのは、以仁王の最期の言葉によるものですね🏥
現在神社の秋季例祭に奉納される「ひやそ踊り」は、以仁王の傷の痛みを癒やそうと里人が「癒やそう、癒やそう」と踊ったのが始まりとも🪈
以仁王は平家打倒の道半ばで倒れましたが、「以仁王の令旨」に呼応した源頼朝や木曽義仲らにより、この数年後には平家は壇の浦で滅亡することになります😫
長々と歴史を語ってしまいましたが、自分の備忘録としてなのでご勘弁を🙇
残念ながら現在御朱印は書かれてないとの張り紙🖌️


道向かいに広い駐車場🅿


由緒



御神木

狛犬さん

拝殿


境内社



夫婦杉

大地主神社



御朱印ありません😥

参拝しました。今日は寒く、天気も悪いです。御朱印は、しばらくの間、していませと書かれていました。

神社入口、鳥居です。

手水舎。


御神木のスギです。

社殿です。

本殿です。


御朱印は、しばらくの間、していませ。

以仁王が祀られている神社で、腹痛の神様として親しまれています。
土用の丑祭が有名です。

全景です。
お参りの記録は別サイトをメインに投稿しております。

拝殿の写真です。

御朱印です。
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