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楽しみ方國分寺(国分寺)のお参りの記録一覧

丹波国分寺跡の講堂跡地に安永3(1774)年に再建された後継寺院。本堂と鐘楼、山門が残されていました。丹後の国分寺とはまた違った運命を辿った寺院ですがこうして名が継がれていくのもまた良き形なのかな🤗公孫樹が黄葉するとまた見事らしいのでその頃にまた来てみたいですね😊
現在は亀岡市の専念寺さんが管理されているようです。こんどお話うかがってみようかな。

収蔵庫らしい

僧房跡からの本堂裏手

山門前。桜かな?満開時ならいい画になるかも

燈籠

国分寺石碑

由緒

国分寺址の石碑

山門

仁王さんがいました😲


オハツキイチョウ

同由緒

百体地蔵

本堂

扁額

鐘楼

境内

京都府北部・中西部寺巡りの7寺目は、先の極楽寺と同じく亀岡市に在る護国山 国分寺です。今回の寺巡りの最後となります。
浄土宗で、本尊は薬師如来。
この薬師如来坐像は重文です。
無住で地区の方々でお護りされており、年に1度、9月10日に法要があり、この日だけ収蔵庫の扉が開かれて拝観出来ます。よって、今回の寺巡りは9月10日にした訳です。
奈良時代に聖武天皇の詔により全国に国分寺を建立、丹波国にも国分寺を建立するもやがて衰退。現在の国分寺は後継寺院。(石碑には国分寺址となっている)伝えによれば、戦国時代に明智光秀の兵火により焼失、元禄年間(1688~1704年)に再興、現在の本堂、山門、鐘楼は1774年に護勇比丘が建立。
広い畑、草むらの中に1ヶ所だけ少し木々がある所が境内です。丹波国の国分寺が在った場所なので、広大な敷地を有していたと思われます。境内の左側(西側)50m位にポツンと収蔵庫があります。この法要に合わせて地区の方々が周りを草刈りされた模様、誠にご苦労様です。
16時少し前に着きました。山門はありますが塀はありません。山門をくぐると正面に本堂、左側に石塔群と鐘楼、右側にはオハツキイチョウ(お葉つき銀杏)。一通り観てから収蔵庫へ。既に法要が始まっていました。(法要は大体16時~16半)法要が終わってご住職が退場されてから、収蔵庫に入らせて頂きました。
真ん中に本尊・薬師如来坐像。脇侍は日光、月光菩薩。奥の壁際の両側に6躯ずつの十二神将(痛みがひどく、1躯は台座のみの模様)。
薬師如来坐像は平安時代後期の作、一木造り。穏やかながら目力があります。
地区長?さんに閉扉の時刻をお聞きした所、大体18時位との事でした。
拝観を終え、愛知への帰路に着きました。

山門




本堂


鐘楼

オハツキイチョウ
巨木ですが下手くそ撮影でわからないです

収蔵庫




本尊・薬師如来坐像

日光菩薩

月光菩薩

十二神将

上段真ん中の1躯は・・・






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