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2025年11月16日(日) 01時16分 bysoo_cyan
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為因寺
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爲因寺
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いいんじ
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為因寺
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貞応二年(1223)承久の乱で、刑死した中御門宗行の妻(戒光)が、夫の弔いのために高山寺別院として華厳宗、尼寺の善妙寺(善妙尼寺)を建立した。寺には、尼僧禅恵(藤原光親の妻・善妙寺開基)を初め、戦で未亡人になった上皇方の身寄りのない多くの女性が集まった。しかし早い時期に衰亡し、天正年間に実念により、浄土宗の為因寺が再興された。 為因寺の宝篋印塔は花崗岩製で総高2.1m、高山寺宝篋印塔とともに、「高山寺型」と呼ばれる国内の宝篋印塔の中で最古の様式を示しています。「阿難塔」と刻まれており、阿難(あなん)は、釈迦の十大弟子の一人で、初めて女性が出家する道を開いたとされる人物です。この逸話に因み、善妙寺の尼僧たちが阿難を供養して建立したと言われています。廃仏毀釈より破壊されそうになったところを、後世に残すために埋められたのだと言われています。
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十方山
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貞応二年(1223)
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中御門宗行の妻(戒光) 開基:尼僧禅恵
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実念上人
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天正年間(1573-1592)初め
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宝篋印塔「阿難塔」 重要文化財
