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2025年11月06日(木) 01時37分 bysoo_cyan

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ご由緒
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妙光寺花山院師継が長子忠季の夭折を悼み、別業を寺となし、弘安8年(1285)法燈国師を開山に迎えた。国師は入宋して無門彗開禅師の法を継ぎ、味噌醤油の醸法をもたらした。また、本朝普化宗の祖でもある。
 建武、嘉吉の二度、三種の神器が奉安され、神器の間がある。亀山、後醍醐、後村上の三朝勅願の寺で南朝と縁が深い。至徳3年(1386)十刹の一つとなる。応仁の乱後は荒廃したが、臨済宗建仁寺派となり、寛永16年(1639)中輿開山三江紹益和尚の下で豪商打它公軌が再興した。万冶3年(1660)には後水尾院の御幸があった。内壁に印金を総貼りした歌聖堂は世に印金堂として知られ、与謝蕪村が句を残している。
 維新の際に勤皇の志士の密議の場所となり、天章和尚の工作が明治政府成立の原動力となった。俵屋宗達の「風神・雷神図屏風」はもと当寺にあり、文政期に建仁寺に移された。山内には陶工野々村仁清の墓がある。
ご祭神/ご本尊
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釈迦如来
参拝時間
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通常非公開
山号
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	正覚山
創立
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弘安8年(1285年)
創始者/開山・開基
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開山:法燈国師無本覚心 開基:花山院師継
中興の祖
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三江紹益
Restored time
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寛永16年(1639年)
社格
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京都十刹八位
文化財
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重要文化財
・黄地花入菱花鳥文唐綾九条袈裟(無本覚心相伝)
京都市指定有形文化財
・方丈