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楽しみ方編集詳細
2025年11月06日(木) 10時07分 bysoo_cyan
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真言宗御室派
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真言宗御室派大本山仁和寺塔頭
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そんじゅいん
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かつて仁和寺には多くの塔頭がありましたが、廃絶もしくは仁和寺の下を離れます。尊寿院は現存する仁和寺唯一の塔頭。平安時代、覚遍が僧房として創建したと言います。応仁の乱で仁和寺が全焼した際、尊寿院も焼失し廃絶。江戸時代初期、佐竹義直が佐竹家からの合力金で180年ぶりに復興しました。 佐竹義直(1612~1656)は出羽久保田藩の世子。佐竹義重の五男。母は細谷氏。元和7年(1621年)、異母兄である出羽久保藩初代藩主・佐竹義宣の養嗣子となり、元服。寛永3年(1626年)、兄義宣より不届きを理由に廃嫡されます。同年、出家。寛永15年、高野山で正式に受戒、芳揚軒阿證と号します。仁和寺21世・覚深法親王(御南御室/後陽成天皇第一皇子)の弟子となり、正保3年(1648年)、廃絶していた尊寿院の跡地を与えられます。慶安3年(1650年)、佐竹家から合力金を得て、慶安4年、尊寿院を復興。住職となります。明暦2年(1656年)、入滅。 現在は無住職で、仁和寺が住職を兼ねています。
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大日如来
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京福電鉄北野線「御室仁和寺」駅 下車徒歩5分
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境内自由
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なし
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なし
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尊寿院
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平安時代
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覚遍上人
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佐竹義直公(芳揚軒阿證)
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慶安4年(1651年)