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楽しみ方編集詳細
2025年11月04日(火) 01時50分 bysoo_cyan
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臨済宗妙心寺派
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臨済宗妙心寺派大本山妙心寺塔頭
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寿聖院
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壽聖院
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じゅせいいん
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じゅしょういん
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当院は慶長4年(1599年)に石田三成が、その父である正継公の菩提寺として、当時学徳高き伯蒲禅師を院主に迎え創建したものです。 創建当時の壽聖院は、今日の敷地の四倍を有し、周囲には堀と土塀をめぐらし、本堂は壮大を究めました。客殿の軒先は金箔瓦で葺きあげ、さながら石田家京都屋敷の観を呈するものであったと伝えられています。 しかし、慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いにて、三成公率いる西軍は敗れてしまい、当院も縮小を余儀なくされます。境内はもとの四分の一の大きさとなり、壽聖院の北門であった門は妙心寺全体の北門として現在は利用され、当時の勝手口が現在壽聖院の正門として残るのみです。 一度全て取り壊された建物はしばらくして建て直されました。また、本堂の前に広がる庭園は絵師狩野永徳が設計したと伝わり、その景観は桃山時代より変わっておりません。庭園にある瓢箪池は、三成公の指示により、主君の豊臣秀吉公の戦勝の瓢箪印をモチーフに造られています。 2017年7月より2020年2月まで、本堂の大改修工事を行った際に出てきた当時の棟札には、「寛永8年(1631年)に第3世住職済院宗享により壽聖院が再興されたことを祝す」と記されています。
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釈迦仏
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釈迦牟尼仏
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<h3>石田三成一族の菩提寺</h3> 三代目住職・宗享禅師により三成の遺髪を収めた墓地が建てられ、石田一族九人がお墓がある。
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<h3>石田三成一族の菩提寺</h3> 三代目住職・宗享禅師により三成の遺髪を収めた墓地が建てられ、石田一族九人がお墓がある。
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京都市営バス「妙心寺前バス停」下車
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京都市営バス「妙心寺前バス停」下車 JR山陰本線「花園」駅徒歩15分 嵐電「妙心寺」駅徒歩5分
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事前予約により拝観可
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無料駐車場あり
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妙心寺無料駐車場あり
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500円(一般拝観は行っておりません)
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1000円
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壽聖院
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第3世住職済院宗享
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寛永8年(1631年)
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塔頭