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だいほういん|臨済宗妙心寺派大本山妙心寺塔頭

大法院の御由緒・歴史
京都府 妙心寺駅

創建時代寛文2年(1662)
開山・開基開基:長姫 開山:淡道宗廉(大転法輪禅師)
ご由緒

当院は寛文二年(1662)、開基を長姫、開祖を淡道宗廉(大転法輪禅師)をもって創建された塔頭である。長姫は真田信之(幸村の兄)の長子信吉の長女であり、千種大納言有能の室となっていた。千種有能は一糸文守と俗縁にある家であるが長姫は東海派玉浦下の絶江紹提に参禅する帰依者であった。長姫の祖父真田信之は法名を「大法院殿徹岩一明大居士」と称しているが、長姫に対し自己の菩提寺の建立を遺命していた。その法名を院号とし、長姫が参禅していた絶江紹提の法嗣淡道を開祖に請うて菩提所塔頭が成立したのである。また長姫のもつ婚姻関係で久我・千種・真田・内藤の四家の香華寺となっている。院禄は信濃松代藩主真田家から毎年五十石が施入され藩寺として外護された塔頭でもある。時代は下るがこの松代藩主真田幸貫の儒臣であったのが佐久間象山(1811~1864)であり、攘夷派に暗殺された象山の墓地は当院に設けられている。もとは東海派に属する塔頭であったが、のち光国院の梁南禅棟が中興して龍泉派に変わっている。このとき盛徳院を併合したのである。
当院に「盛徳院殿像」が所蔵されるのも、梁南の中興があったことによる。

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