しょうでんごこくぜんじ(しょうでんじ)|臨済宗南禅寺派|吉祥山
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楽しみ方正伝護国禅寺(正伝寺・正傳寺)のお参りの記録一覧
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京都市北区にあるお寺です。
五山の送り火の一つ「船形」を灯す西賀茂船山の麓にあります。
西賀茂船山は 東側の比較的低い一帯をゴルフ場として開発されており 正伝寺のある一画は開発を免れています。
山門をくぐり ゴルフコースの間になっている参道を通っていきます。(木が多くて分からないですが)
しばらくいくと中門があり そばには八幡宮がありました。
中門をくぐってさらに奥へと進むと 急に開けて鐘楼があります。
そしてその奥に本堂(方丈)があります。
こちら正伝寺は 枯山水庭園が有名なお寺です。
お庭は撮影できますが 建物内はだめでした。
方丈の障壁画は狩野派の筆によるものと推定されています。
また廊下の天井は 伏見城の戦いで鳥居元忠と忠臣の血で染まったと伝わる 血天井でした。
血天井といえば養源院が有名ですが 北区にある源光庵とこちら正伝寺もだったとは知りませんでした。
ずいぶんはっきりとした手形というか 手をついてそれが動いたんだろうな という形で色がついていました。
また ずいぶん前に 焼酎のCMにデビッドボウイが出演したのですが その際ロケ地としてデビッドボウイがこちらを指定したという新聞の切り抜きがありました。(写真撮った)
丁寧に整備された枯山水庭園は 比叡山を借景にして 縁側に座って足をだらっと下げる観光客を魅了しています。
外国のお客様もいらっしゃいました。
ネット情報です。
山号は吉祥山 宗旨宗派は臨済宗南禅寺派 寺格は諸山 ご本尊は釈迦如来 創建年は文永5年(1268年) 開山は兀庵普寧(勧請開山)です。
東巌慧安が師の兀庵普寧を勧請開山として 亀山天皇の勅許を得て烏丸今出川に創建したのが当寺の始まりとされる。
兀庵は南宋からの渡来僧で 文永2年(1265年)に帰国しているが 東巖は師の兀庵を開山にしようとし勧請開山としたものである。
寺は比叡山延暦寺の衆徒によって破却され 東巖は鎌倉の聖海寺(現存せず)に移り 同地で建治3年(1277年)に没している。
寺が再興されたのは弘安5年(1282年)のことである。
同年 賀茂社の社家・森経久の援助により寺は西賀茂の現在地に移されて再興され 寺運は興隆した。
元亨3年(1323年)には後醍醐天皇より勅願寺の綸旨を賜っている。
室町時代には天皇家 足利将軍家の帰依を受けたが 応仁の乱(1467年 - 1477年)の兵火により荒廃した。
徳川家康により寺領の朱印状を受けて復興され 江戸時代には塔頭5か寺を有していた。
庭園は「獅子の児渡しの庭」と呼ばれる。
イングランド出身のロック歌手デヴィッド・ボウイは宝酒造のテレビCMに起用された際 自ら正伝寺を撮影場所に希望したという。
たびたび京都を訪れていたデヴィッド・ボウイは正伝寺の庭園の美しさに涙したという。

【吉祥山(きっしょうざん)正伝護国禅寺(しょうでんごこくぜんじ)】
本尊:釈迦如来
宗派:臨済宗南禅寺派
開山:兀庵普寧(ごったん ふねい)
正伝寺は、京都府京都市北区西賀茂に位置します。鎌倉時代中期、臨済宗の僧、東巌慧安(とうがん えあん)が兀庵普寧を勧請開山として第90代 亀山天皇(在位:1260-1274)の勅許を得て烏丸今出川に創建したのがはじまりとされます。寺は比叡山延暦寺の衆徒によって破却されますが、1282(弘安5)年、現在の場所に再建されています。
デビッドボウイが愛し、谷村新司さんも通いつめたという庭園があります。比叡山を借景にサツキの刈り込みが七五三調を表現した枯山水の庭園です。紅葉の時期でしたが、訪れる人はそう多くありませんでした。次の参拝者がいらっしゃるまで、しばし、故人をしのび座って目を閉じました。

金閣寺の後はノープラン!タクシーの運転手さん任せです。頂いたキーワードに谷村新司さんの名前がありました。お亡くなりになられたばかり、アリスのファンだった私は是非にと案内をお願いしました。
谷村新司、デビッドボーイが愛したお寺。
ちょうど観光タクシーで来てた方しかいなかった。
静かで時が止まったかのようなお寺。
しばし皆でお庭を見てボーとしていました。
でも天井は血天井、上は見ないようにしていました😱
吉祥山正伝護国寺、鎌倉時代に創建
本堂は承応2年(1652)に伏見城から移築されたもので、重要文化財。堂内には、現在も手形や足跡が残る血天井や、狩野山楽作の襖絵も。
江戸初期に作庭された枯山水庭園は、サツキの刈り込みが7・5・3に配され、「獅子の児渡し庭園」とも呼ばれ、借景には比叡山を望む。

【正伝寺】
初めての参拝。
南禅寺派で、無知な私でも禅寺なのかなと肌で感じる場所でした。
混雑が大変苦手なので混まない場所と聞いていたのと英国のロックスター!デビッドボウイさんがこちらを気に入り何度も訪れたという話。洋楽邦楽時代ジャンル問わず色んな音楽が好きなため昔から一度は参拝したいと願いつつも、ずっと躊躇していました。
理由は血天井があるお寺さんのため。
伏見城の床だった場所で多くの武士が自害した跡が見れる。足元ではなく天井へ移し供養をし続けている建物なのですが。
こーわーい!!!すごく無理、絶対無理!!!泣く!吐く!見たら寝込む!と拒否し続けていました。が。最近日本の有名な音楽家(英国ロックスターと映画で共演されていました)もあちら側へ旅立たれたりして、やはり泣いても吐いても行かねば自分が旅立つ時にきっと後悔するとの思いが強くなり、今回訪れました。
実際には、すごく清浄な山の空気で比叡山の借景の枯山水のお庭に物凄く癒されました。ポツポツと訪れる人々もおられますが無心で庭を眺めて過ごせました。
雲が流れる様子。風、鳥、蝶々、竹の音。満ち足りた気分になりました。
建物内の襖絵は写真撮影不可とのこと。
涅槃図の大きな掛け軸があり、絵になっている線の部分をよく見ると線ではなく小さな文字になっていました。襖ではないけれど涅槃図も写真撮影はダメかもしれないと遠慮しましたが、またこの涅槃図を見たいという気持ち。この空気を感じたいという気持ち。異なる季節の庭を見たいという気持ちになり、その場では清々しい気分でゆっくり過ごせました。
帰宅後に、やっぱり怖い!天井が怖かった!!!泣きそう!!!
と思い出しておりますが。
なんとも言えない魅力がありました。




過去記録
平成27年(2015年)2月8日(日)京都の西賀茂から上賀茂周辺を散歩
京都市北区西賀茂の正伝寺に参拝
正伝寺は山門の先が結構長い。登ると方丈に着く。拝観料は400円。こちらの見所は、比叡山を借景にした枯山水の庭。しかし、今日は曇っていて、比叡山が見えない(笑)。でも、なかなか興味深い庭。岩は置かれておらず、さつきの切り込みが岩の代わり。塀の外の蝋梅や、鐘楼の屋根がなかなか良い味を出している。ああ、好きだなあ、この庭。
方丈の天井は伏見城の血天井。そういうお寺は京都のあちこちにある。東山の養源院(こちらは俵屋宗達の白象図がすばらしい。)、鷹峯の源光庵(悟りの窓と迷いの窓。昨年秋のJR西日本の京都キャンペーンでまたもや人気に。)、大原の宝泉院(額縁庭がすばらしい。)がそれ。こちらの正伝寺も、西賀茂では珍しい人気寺院。JR西日本の京都キャンペーンにも登場したくらい。
襖絵は狩野山楽とのことなんだが、こういうのはさっぱりわからない。

正伝寺庭園(京都市北区:2023年9月27日)
前の投稿の圓通寺と比べると、遠くから比叡山を眺める借景になっている。
手前の枯山水が特徴的で、第一印象では、清潔で小綺麗だなと思った。直線的なさざ波の砂紋が描かれた白砂が敷き詰められており、大きくスペースが空いている。穏やかな海のように見える。
生垣は殆ど幹や枝を見せず、ぼんやりと見つめていたら緑のオブジェのように見える。そこから奥に目をやると、比叡山を背景とした借景庭園である。
後ろの比叡山や塀の外の木々と比較すると、枯山水の人工的につくられた清らかさが際立つ。一方で、枯山水と借景は違和感なく調和しており、海から山につながっていくようである。
岡本太郎は、こうした借景の技法を『日本の伝統』のなかで「自然と反自然的要素と対立のまま結合する技術」であり「芸術の弁証法」であると評している。
この決して広くないスペースで大きな世界を想像させる枯山水と借景の組み合わせに感動した。
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