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2025年09月23日(火) 14時41分 bysoo_cyan
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1239年(延応元年)2月22日、隠岐で崩御した後鳥羽上皇の遺骨の大部分は、現地に埋葬された。 翌年、後鳥羽上皇のお気に入りだった西蓮(藤原能茂)が遺骨を摂津国の水無瀬殿に移し、大原の勝林院に納骨する。 1241年(仁治2年)には、後鳥羽上皇の後宮修明門院(藤原重子)の計らいで水無瀬殿の一部を移して法華堂が建立され納骨された。翌年には順徳上皇の遺骨が大原陵に埋葬されているが、法華堂に納骨されたのかは不明。 文久年間(1861-1864)の修陵の際に後鳥羽天皇陵が現在の十三重塔に、明治に入ってから順徳天皇陵が現在の円丘に治定された。
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後鳥羽天皇、順徳天皇
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第82代後鳥羽天皇、第84代順徳天皇
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京都バス「大原」下車 東へ1km
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1241年(仁治2年)
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修明門院(藤原重子)