せいわいん
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方清和院のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年03月18日(火) 19時38分18秒
参拝:2025年3月吉日
洛陽三十三観音霊場巡礼第三十三番札所 結願所になりますが、なかなか順序通りには巡ることが出来ません
お勧めルートがありましてさらにそれを逆行して行こうと清和院さまへ
門が開いていたのも嬉しいですが、霊場巡りでなければ躊躇するところをお参りできるのは本当に嬉しい
お勧めルートがありましてさらにそれを逆行して行こうと清和院さまへ
門が開いていたのも嬉しいですが、霊場巡りでなければ躊躇するところをお参りできるのは本当に嬉しい



第五十六代清和天皇(在位八五八~八七六)ゆかりの寺で、真言宗智山派に属する。
平安初期にその後の摂関政治の礎を築いた藤原良房の邸宅「染殿第」の南に仁寿年間既に創建されていた仏心院を基に、清和天皇譲位後の後院として清和院が設けられたのが始まりである。
清和院は代々皇子や親王が住し、また在原業平らの歌会の場ともなったが、徳治三年(一三〇八)に再建、仏寺化された。今も京都御所の東北に「染殿第跡」や清和院御門が現存し、その名残をとどめている。
本尊は木造地蔵菩薩立像(鎌倉時代・重文)で等身大・玉眼入り、極彩色の精緻を極めた見事な尊像である。清和天皇が清和源氏の祖であったことから、室町将軍足利氏も深く帰依し、その保護を受けて栄えたが、寛文元年(一六六一)の御所炎上の際に清和院も類焼し、後水尾院と東副門院によって現在地に移転再興された。また、一条鴨川西岸にあった河崎観音堂が消失後合併されたため、洛陽観音霊場の結願所でもある・・・とかいてあります
平安初期にその後の摂関政治の礎を築いた藤原良房の邸宅「染殿第」の南に仁寿年間既に創建されていた仏心院を基に、清和天皇譲位後の後院として清和院が設けられたのが始まりである。
清和院は代々皇子や親王が住し、また在原業平らの歌会の場ともなったが、徳治三年(一三〇八)に再建、仏寺化された。今も京都御所の東北に「染殿第跡」や清和院御門が現存し、その名残をとどめている。
本尊は木造地蔵菩薩立像(鎌倉時代・重文)で等身大・玉眼入り、極彩色の精緻を極めた見事な尊像である。清和天皇が清和源氏の祖であったことから、室町将軍足利氏も深く帰依し、その保護を受けて栄えたが、寛文元年(一六六一)の御所炎上の際に清和院も類焼し、後水尾院と東副門院によって現在地に移転再興された。また、一条鴨川西岸にあった河崎観音堂が消失後合併されたため、洛陽観音霊場の結願所でもある・・・とかいてあります

白梅殿古跡 爪形天満宮の碑



爪形天満宮鳥居

爪形天満宮

すてき
投稿者のプロフィール

meme1171投稿
アイコンは極楽山浄土寺さまの睡蓮 開拓者が心の拠り所にした小さな神社探しが好きです 🗾いつか振り返ったときに情景を思い出せるように旅の日記として記録しています。文章も写真も個人の記録として思い出...もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。








