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地蔵院(椿寺)ではいただけません
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地蔵院(椿寺)のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年01月06日(土)
参拝:2024年1月吉日
大阪府東部・京都市の寺社仏閣巡りの3ヶ寺目は、大阪府から離れて京都府京都市北区に在る昆陽山 地蔵院です。通称は椿寺。
浄土宗で、本尊は五劫思惟阿弥陀如来。
この本尊・五劫思惟阿弥陀如来坐像は1/1~1/3に開帳、観音堂本尊の十一面観音立像は1/1~1/3と春・秋の彼岸の間と8/23,24に開帳されます。よって、1度で2度(1粒で2度)おいしい正月に訪れた次第です。
726年に聖武天皇の勅願により行基が摂津の昆陽池のほとりに寺院を建立し、地蔵院と号したのが始まりと伝わります。平安時代に衣笠山の南に移されたが、1391年に内野の合戦で焼失。荒廃を惜しんだ足利義満が金閣寺造営の余材で仮堂を建て地蔵菩薩を奉安。1589年には豊臣秀吉の命により現在地に移った。元々は八宗兼学の寺院であったが、1761年に浄土宗とし知恩院の末寺となり、本尊を現在の五劫思惟阿弥陀如来とした。元の本尊である地蔵菩薩は地蔵堂に安置され、鍬形地蔵と呼ばれている。
大阪はそれほど道は混んでいませんでしたが、京都市内は交通量が多く、遠くないのに時間が掛かりました。こちらは北野天満宮の近くです。
山門横に2台分の駐車場がありますが満車でしたので、もう1つの駐車場へ行ったら1台分だけ空きがありましたので停めさせて頂きました。
一条通沿いに山門があります。山門前には本尊・五劫思惟阿弥陀如来の特別拝観の案内。山門をくぐると短めの参道の正面に本堂と思いきや地蔵堂があり、右側手前から庫裏、本堂、手水(手水の奥側に境内社)、観音堂です。左側は墓地。本堂前には豊臣秀吉が献木したという「五色八重の散椿」がありますがまだ蕾でした。(初代は惜しくも枯死、現在は2世。例年の開花時期は3月下旬~4月中旬だそうです。)
手水で清めてから、境内社(弁財天、椿大神、鎮守社)で手を合わせてから観音堂へ。堂の外から
十一面観音立像を拝観、高さ約160cmの一木造、脇侍が雨宝童子と春日龍神で三尊形式。穏やかなお顔で衣が綺麗です。この像が何故無指定なのかわかりませんが、後世の改修があるのでしょうか。
隣の地蔵堂には、元の本尊である地蔵菩薩立像「鍬形地蔵」。高さ約180cm、下半身は残念ながら見えません。頭から肩に蒲団が被せてありましたが、理由はわかりませんでした。
本堂は庫裏から。庫裏の玄関で靴を脱いで上がらせて頂き本堂へ。須弥壇の真ん中に本尊・五劫思惟阿弥陀如来坐像、下陣からの拝観です。高さ約90cm、アフロヘアです。合掌していらっしゃってふっくらとして可愛らしいです。
(五劫思惟阿弥陀如来坐像で有名なのは奈良市の東大寺、五劫院)
玄関の所に納経所がありましたので御朱印(書置きのみ)を頂きました。
椿の開花時期に再度お邪魔したいです。
浄土宗で、本尊は五劫思惟阿弥陀如来。
この本尊・五劫思惟阿弥陀如来坐像は1/1~1/3に開帳、観音堂本尊の十一面観音立像は1/1~1/3と春・秋の彼岸の間と8/23,24に開帳されます。よって、1度で2度(1粒で2度)おいしい正月に訪れた次第です。
726年に聖武天皇の勅願により行基が摂津の昆陽池のほとりに寺院を建立し、地蔵院と号したのが始まりと伝わります。平安時代に衣笠山の南に移されたが、1391年に内野の合戦で焼失。荒廃を惜しんだ足利義満が金閣寺造営の余材で仮堂を建て地蔵菩薩を奉安。1589年には豊臣秀吉の命により現在地に移った。元々は八宗兼学の寺院であったが、1761年に浄土宗とし知恩院の末寺となり、本尊を現在の五劫思惟阿弥陀如来とした。元の本尊である地蔵菩薩は地蔵堂に安置され、鍬形地蔵と呼ばれている。
大阪はそれほど道は混んでいませんでしたが、京都市内は交通量が多く、遠くないのに時間が掛かりました。こちらは北野天満宮の近くです。
山門横に2台分の駐車場がありますが満車でしたので、もう1つの駐車場へ行ったら1台分だけ空きがありましたので停めさせて頂きました。
一条通沿いに山門があります。山門前には本尊・五劫思惟阿弥陀如来の特別拝観の案内。山門をくぐると短めの参道の正面に本堂と思いきや地蔵堂があり、右側手前から庫裏、本堂、手水(手水の奥側に境内社)、観音堂です。左側は墓地。本堂前には豊臣秀吉が献木したという「五色八重の散椿」がありますがまだ蕾でした。(初代は惜しくも枯死、現在は2世。例年の開花時期は3月下旬~4月中旬だそうです。)
手水で清めてから、境内社(弁財天、椿大神、鎮守社)で手を合わせてから観音堂へ。堂の外から
十一面観音立像を拝観、高さ約160cmの一木造、脇侍が雨宝童子と春日龍神で三尊形式。穏やかなお顔で衣が綺麗です。この像が何故無指定なのかわかりませんが、後世の改修があるのでしょうか。
隣の地蔵堂には、元の本尊である地蔵菩薩立像「鍬形地蔵」。高さ約180cm、下半身は残念ながら見えません。頭から肩に蒲団が被せてありましたが、理由はわかりませんでした。
本堂は庫裏から。庫裏の玄関で靴を脱いで上がらせて頂き本堂へ。須弥壇の真ん中に本尊・五劫思惟阿弥陀如来坐像、下陣からの拝観です。高さ約90cm、アフロヘアです。合掌していらっしゃってふっくらとして可愛らしいです。
(五劫思惟阿弥陀如来坐像で有名なのは奈良市の東大寺、五劫院)
玄関の所に納経所がありましたので御朱印(書置きのみ)を頂きました。
椿の開花時期に再度お邪魔したいです。
御朱印(洛陽三十三観音霊場)
山門
参道(正面に地蔵堂)
本堂
本尊・五劫思惟阿弥陀如来
(ネットから転載)
(ネットから転載)
手水
弁財天、椿大神、鎮守社
観音堂
十一面観音立像と脇侍の雨宝童子と春日龍神
地藏堂
地蔵菩薩「鍬形地蔵」
世継地蔵尊
すてき
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nomuten808投稿
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