りっきょくあん
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楽しみ方栗棘庵のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年12月06日(金) 23時01分45秒
参拝:2024年11月吉日
京都市東山区にある東福寺の塔頭の1つです。
期間限定の京料理「高澤」のランチがいただけることになっていました。
秋季特別拝観はしていませんでした。
となればランチをいただきながら拝観気分。。。と思ったのですが そこは高級なランチということでお値段もお安くなく。。。諦めました。
山門近くで写真を撮らないように とありましたので 少し離れてアップで撮りました。
ネット情報です
栗棘庵(りっきょくあん)は1294年(永仁2年)東福寺4世・白雲慧暁(はくうんえぎょう)が洛北に創建しました。
その後1307年(徳治2年)に名称を聖寿庵に改められるが 焼失しました。
1385年(元中2年)覚山空性(かくざんくうしょう)が再興し 名称を栗棘庵に改めました。
その後応仁の乱後に東福寺山内に移され 能登・畠山氏が檀越になりました。
栗棘庵を創建した白雲慧暁(はくうんえぎょう)は 当初比叡山・行泉法師に師事し 1266年(文永3年)には入宋して瑞巌寺・希叟宗曇に謁した。
帰国後は東福寺・円爾の法を嗣ぎ 1292年(正応5年)に東福寺4世になりました。
期間限定の京料理「高澤」のランチがいただけることになっていました。
秋季特別拝観はしていませんでした。
となればランチをいただきながら拝観気分。。。と思ったのですが そこは高級なランチということでお値段もお安くなく。。。諦めました。
山門近くで写真を撮らないように とありましたので 少し離れてアップで撮りました。
ネット情報です
栗棘庵(りっきょくあん)は1294年(永仁2年)東福寺4世・白雲慧暁(はくうんえぎょう)が洛北に創建しました。
その後1307年(徳治2年)に名称を聖寿庵に改められるが 焼失しました。
1385年(元中2年)覚山空性(かくざんくうしょう)が再興し 名称を栗棘庵に改めました。
その後応仁の乱後に東福寺山内に移され 能登・畠山氏が檀越になりました。
栗棘庵を創建した白雲慧暁(はくうんえぎょう)は 当初比叡山・行泉法師に師事し 1266年(文永3年)には入宋して瑞巌寺・希叟宗曇に謁した。
帰国後は東福寺・円爾の法を嗣ぎ 1292年(正応5年)に東福寺4世になりました。
すてき
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くるくるきよせん2995投稿
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