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曼殊院門跡ではいただけません
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曼殊院門跡のお参りの記録(2回目)
投稿日:2023年05月14日(日)
参拝:2023年5月吉日
国宝黄不動明王像の模写が完成。
宸殿の再建に合わせてオリジナルと複製のニ幅が今日から6月30日まで特別公開される。
今後、京都国立博物館に寄託中のオリジナル黄不動は秘仏化されるためオリジナルが拝観できる最期の機会になる。
黄不動明王は12世紀の製作。三井寺の黄不動像を基に制作されたとされ国宝指定されている。
曼殊院は延暦年間(728年~806年)最澄により、国家鎮護の道場として比叡山に創建された。
天暦年間(947年~957年)北野天満宮が造営されると、門主・是算国師が菅原家の出身であった事から初代別当となり、以降代々明治の神仏分離まで曼殊院が北野天満宮の管理を行っていた。
1656年良尚法親王が現在の地に堂宇を移す。
桂離宮をモデルに造営され、「小さな桂離宮」と称される。
明治時代に病院建設の費用を捻出するため宸殿を売却、寄付したため宸殿がなかったが、2022年再建されている。
庫裏、大書院、小書院は江戸時代前期の建築で重文指定されている。
宸殿の再建に合わせてオリジナルと複製のニ幅が今日から6月30日まで特別公開される。
今後、京都国立博物館に寄託中のオリジナル黄不動は秘仏化されるためオリジナルが拝観できる最期の機会になる。
黄不動明王は12世紀の製作。三井寺の黄不動像を基に制作されたとされ国宝指定されている。
曼殊院は延暦年間(728年~806年)最澄により、国家鎮護の道場として比叡山に創建された。
天暦年間(947年~957年)北野天満宮が造営されると、門主・是算国師が菅原家の出身であった事から初代別当となり、以降代々明治の神仏分離まで曼殊院が北野天満宮の管理を行っていた。
1656年良尚法親王が現在の地に堂宇を移す。
桂離宮をモデルに造営され、「小さな桂離宮」と称される。
明治時代に病院建設の費用を捻出するため宸殿を売却、寄付したため宸殿がなかったが、2022年再建されている。
庫裏、大書院、小書院は江戸時代前期の建築で重文指定されている。
すてき
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タンホイザ3285投稿
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