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2026年04月15日(水) 20時30分 bysoo_cyan
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地龍大明神
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瓜生山の名は播磨の國より牛頭天王(八坂神社祭神)が今の祇園社に移し祀られる貞観十八年(876)の前に、しばらく鎮座された天皇が木瓜を好まれた故事によると伝えられている。 室町時代、勝軍地蔵が安置されて後「勝軍地蔵山」と俗に呼ばれ、聖護院門主大峰入り前必ず此の山にて護摩を修された。地蔵菩薩は後に現在地へ移られた。延元元年(1336)一月十一日新田義貞瓜生山城を築き足利勢を破った。天文・永禄の乱・足利十二代将軍義晴・義輝父子北白川城を山頂に築き細川・三好の党と戦い数年籠城の後、天文十六年(1547)七月十九日火を城に放ちて坂本、奔り灰燼に帰した。 白隠禅師が闘病中に此の山中に医術に長壽の仙人と言はれた白幽子を訪い治療法を授けられた。 北白川宮家が山の池の蓴菜を好まれたが東都へお移りになり池は埋められて荒廃した。 昭和四年地龍大明神の社が奉納後に大山袛神社の分社となり山霊の神々を合祀し毎年五月三日を山の祭日と定められた。
編集前
大山積神,山霊の神々
編集後
大山祇神、山霊の神々