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2026年04月04日(土) 09時11分 bysoo_cyan
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時宗安養寺飛地境内御堂
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安養寺の境外のお堂。安養寺は最澄による創建、また法然上人がここ吉水の地に開いた草庵が始まり。のち、安養寺を復興した慈鎮和尚が比叡山から弁財天を寺の鎮守として勧請した。
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円山、吉水辨財天は建久年間、慈鎮和尚が安養寺境内の名水「吉水」のほとりに勧請されたもの。源照という琵琶法師が技能上達をこの天女に祈り、有名になることを願ったが、琵琶の妙曲を奏することが天聞に達し、後小松院の恩寵を蒙り、盲人ではじめて紫衣を賜った。そのお礼に堂を建立したので「紫衣辨財天」と呼ばれるようになったという。 鎌倉時代の刀工、粟田口藤四郎吉光は辨財天の相槌を得て、この名水で名刀を打ち有名になった。今もお堂の下にその時吉光が用いた鉄砧(かなとこ)石が残っている。 辨財天は七福神の中でも唯一の女神とされ、容色うるわしく、音楽・技芸・福徳・財宝その他あらゆるものをお授け下さり、弁舌の才を助け、知恵を与え、怨敵を除く神様であるから、古来より今日に至るまでそのお陰を戴いている人は数限りない。また「この恋叶わぬときは円山の辨天様の池の井守のつがいを採って、真っ黒黒焼き大和のほうらく・・・・・・想うお方にふりかけしゃんせ、この恋叶います。」という唄が祇園に残っているように、恋愛良縁も叶えて下さるようである。
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鳥居正面に公衆トイレあり
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慈円山
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建久年間
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慈鎮和尚