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2026年03月14日(土) 07時33分 bysoo_cyan
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正明寺は、本願寺第三世覚如上人の御長男、存覚上人の創立によるもので、俊光山正明寺と申します。「俊光山」と山号されるように、日野家の末裔で、親鸞聖人の甥の子であった日野大納言俊光卿が「南殿山田荘」として所有されていました。父覚如上人より義絶された存覚上人は、正中元年(1342)、後に養父となられた俊光卿を南殿山田荘に訪ねられました。存覚上人はこの地の風光明媚なことを喜ばれ、俊光卿より当殿を譲り受けられて、ここに閑居されました。存覚上人はもっぱらお聖教を研究されて、延文五年には親鸞聖人の『御本典』の注釈本『六要鈔』をお書きになりました。 存覚上人が正明寺を立ち退かれた後は、かねてより存覚上人について真宗のみ教えをお授かりになっていた了源上人(仏光寺派開祖)が当山を譲りうけられ、後に源鸞上人へと譲られました。存覚上人は正明寺をお立ちになる時、別れを惜しまれ、ご自作の御木像をお残しになりました。」また、御本尊の阿弥陀さまは行基菩薩の作と伝えられ、古く桂御坊(西山別院)より御遷座されました。桂御坊は覚如上人の御廟所でもあり、仏縁の不思議さが思われます。現在の日野誕生院が建立されるまでは、歴代の御門主が年二回の御廟所参詣の折に、御休息のため正明寺へお立ち寄りになりました。更に第二十一世明如上人は、正明寺の縁起に深く感動され、開祖上人誕生の地への春秋二度の御参詣をお定めになると同時に当山へもお立ち寄りになり、お焼香の例をお開きになりました。 正明寺は当時は檜皮葺のお堂で、まさしく「念仏道場」の形式でありました。平成十五年に新しい本堂に建て替わりましたが今も往時の名残をとどめています。
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JR六地蔵駅より 京阪バス「日野誕生院」行き 日野誕生院終点下車 徒歩2分 京阪電車(宇治線)六地蔵駅より 上に同じ 地下鉄(東西線)石田駅より 上に同じ車の場合は 外環状線石田より 東に入り道なりに突き当りまで来て右折する 突き当りの三叉路を左折(誕生院の石塀に添って) 250メートル 左側
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JR六地蔵駅より 京阪バス「日野誕生院」行き 日野誕生院終点下車 徒歩2分 京阪電車(宇治線)六地蔵駅より 上に同じ 地下鉄(東西線)石田駅より 上に同じ車の場合は 外環状線石田より 東に入り道なりに突き当りまで来て右折する 突き当りの三叉路を左折(誕生院の石塀に添って) 250メートル 左側
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10台ほど 駐車場については お電話ください(詳しくお教えします)
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本願寺第三世覚如上人の長男
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存覺上人