御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方編集詳細
2025年07月13日(日) 21時14分 bysoo_cyan
編集後
ようじゅあん
編集後
明歴元年(1655)元政上人三三歳の時、師日豊が池上本門寺に晋山し、これを機に洛南深草に称心庵を結んで隠棲しました。 しかし元政を慕って集う求道者は続き、深草に唱題読経の声があふれました。 そこで元政上人は門下の子弟のために『草山要路』一巻を著して、行学の指針、出世の要旨を述べ、草山の求道者の道標としました。 ここに草山派とよばれる独特な一門の流れが生じ、後に「草山教学」と呼称される教風が起こったのである。 同年、瑞光寺のそばに養寿庵を設け、母をここに住まわして孝養を尽した。元政上人の孝心は世上有名なもので、古人の句にも「元政の母のあんまやきりぎりす」とうたわれるほどです。その母妙種は寛文七年八七歳の長命をもち逝去しました。 -日蓮宗寺院ページ 元政庵瑞光寺より-
編集後
1655年(明歴元年)
編集後
元政上人
