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楽しみ方編集詳細
2026年03月03日(火) 19時26分 bysoo_cyan
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安楽寿院南 (近衞天皇)陵
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近衞天皇 安楽寿院南陵
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あんらくじゅいんみなみのみささぎ
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このえてんのう あんらくじゅいんみなみのみささぎ
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近衛天皇(1139-1155)は平安時代後期の天皇(在位1141-1155)で、名は体仁(なりひと)。鳥羽天皇の第9皇子で、母は藤原長実の娘 美福門院得子。父の鳥羽上皇は、白河法皇が強引に即位させた崇徳天皇を排除するため、体仁を生後3か月で立太子させて3歳で皇位につけた。近衛天皇在位中は、鳥羽上皇が院政を敷いたが、近衛天皇は久寿2年(1155)に17歳の若さで薨去。 鳥羽上皇没後の保元2年(1157)頃、皇后美福門院のために新御塔が建立されたが、美福門院は本人の希望で高野山に葬られた(美福門院陵)。そのため、長寛元年(1163)には、鳥羽天皇の皇子であった近衛天皇が洛北知足院から新御塔に改葬された。 当地の近衛天皇安楽寿院南陵が新御塔で、現在の多宝塔は慶長11年(1606)豊臣秀頼により、片桐且元を普請奉行として再興されたものである。
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第76代近衞天皇
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https://www.kunaicho.go.jp/visit/ryobo/076.html
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保元2年(1157)頃