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2024年10月21日(月) 09時03分 bysoo_cyan

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名前
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応声院一念寺
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一念寺
ふりがな
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いちねんじ
通称
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法然上人出立の寺
ご由緒
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天武3年(674)僧道昭(どうしょう)が創建し、当初、奈良の元興寺に属する法相宗の寺であったが、永享年間(1429~41)に、後亀山天皇の皇子であった真阿(しんあ)上人によって再興され、浄土宗に改められた
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天武3年(674)僧道昭(どうしょう)が創建し、当初、奈良の元興寺に属する法相宗の寺であったが、永享年間(1429~41)に、後亀山天皇の皇子であった真阿(しんあ)上人によって再興され、浄土宗に改められた

この地は桂川と鴨川が合流する草津の湊として知られ、建永二年(一二〇七)の配流の際には法然もここから船出をした。当寺には、法然が蓮生房(熊谷直実)に与えたという「名残の名号」が伝わっている。寺伝によると、元来は法相宗に属し、道昭の開山とされるが、『蓮門精舎旧詞』五では開山を蓮生房としている。永享三年(一四三一)真阿弥によって中興。その際、現本尊である春日作・丈六の阿弥陀仏座像(京都府文化財)を東大寺念仏堂から迎えたと伝えられ、「鳥羽の大仏(おおぼとけ)」として知られる。真阿弥の没後、遺言によってその遺骸は門前の鴨川に水葬され、その由来からそこが真阿弥ヶ淵と呼ばれるようになり、長く殺生禁断の地とされた。   -新纂浄土宗大辞典より-
見所
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阿弥陀如来坐像は丈六(224センチ)あり、鳥羽の大仏
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阿弥陀如来坐像は丈六(224センチ)あり、鳥羽の大仏(おおぼとけ)の名をもつ。
山号
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聴徳山
院号
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応声院
創立
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飛鳥時代、674年
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674年(天武3年)
創始者/開山・開基
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法相宗の僧・道昭により開創
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道昭上人