さくらのみやじんじゃ
櫻宮神社(桜宮)のお参りの記録一覧
京都市の二条城北側の散策 まだ続きがありまして・・・投稿させていただきます。
聚楽第跡地の少し北側に小さな神社がありました。
旗竿地のようになっていますが 境内は狭くないです。
大極殿のあった場所の北側です 皇族との繋がりがないわけがありません。
ネットで調べたところ
創建は平安時代にまで遡るといい 桜との関わりも深い。
かつて桜宮日降神明とも呼ばれ 神明町の町名由来になった。
桜葉明神 桜宮などとも呼ばれた。
祭神は本社に天照大神( あまてらすおおかみ) 春日大神( かすがのおおかみ) 稲荷大神(いなりおおかみ) 御獄大神( おんたけのおおかみ) 金刀比羅宮( ことひらぐう) 八幡大神(はちまんおおかみ) 愛宕大神(あたごおおかみ) 摂社に宗像三姫大神(大弁財天)を祀る。
とありました。
外観
平安宮 采女町跡だそうです
縁起
石柱
一の鳥居
摂社 大弁財天の鳥居
手水は井戸水
二の鳥居
本殿
覗き見してみたら
金毘羅宮社?? 遥拝所か
天照皇大神・春日大神・稲荷大神
御獄大神・金刀比羅宮・八幡大神
愛宕大神
摂社・末社
大弁財天社 宗像三姫大神
延喜10年の創祀。
北野天満宮の桜の大樹に紫雲がたなびき、異香が薫り、日輪が降臨したそうです。
そして 天照皇大神を祀り、霊宮を造り、桜宮日降の神明となりました。
後、今の千本出水周辺に遷座され
桜宮日降神明、桜葉明神、桜宮など言われていたそうです。
後白河天皇の時代には、桜町中納言成範が熱心にお詣りされ、悟られ、歌を一首献上されています。
足利義詮は嗣子を桜宮に祈って男子を授かりました。男子は三代義満となられ、桜宮を崇敬され、天下統一を祈願されました。
戦国時代には痘疹疫病が流行。桜宮に祈ったところ快癒した者が多かったと伝わります。元禄7年、但馬国の荒木氏の妻が難病に苦しまれ、桜宮に祈願されると本復され、拝殿を造営されました。
元禄16年、関白太政大臣兼煕がお詣りされ、桜宮の縁起を一巻記して奉納し、今も社宝として納められておるそうです。
謡曲「右近」には桜宮の由来が詳しく語られ、『山州名跡志』にも北野社総門の外を南北に通じる通りに、桜葉明神社として描かれているんだそうです。
今は小さな神社ですが、歴史があります。
大弁財天社
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