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さんじちおんじ|浄土宗

三時知恩寺の御由緒・歴史
京都府 今出川駅

ご本尊阿弥陀如来(善導大師とも)
創建時代応永年間(1394年 - 1428年)
開山・開基 覚窓性善尼・見子内親王(後光厳天皇の皇女)
ご由緒

三時知恩寺は室町時代の応永年間(1394年~1428年)に北朝4代・後光厳天皇の皇女・見子内親王(けんしないしんのう・あきこないしんのう)が室町幕府第3代将軍・足利義満の娘・覚窓性仙尼(がくそうせいざんぜんに・かくそうじょうせんに)を開山として、北朝3代・崇光天皇の御所・入江殿(いりえどの)を寺院に改めたのが起源です。見子内親王は仏教に深く帰依し、真言宗泉涌寺派の宗祖である月輪大師・俊芿(がちりんだいし・しゅんじょう)が中国唐から招来して宮中に安置されていた善導大師像を賜って本尊として安置しました。室町時代後期に第104代・後柏原天皇が浄土教に篤く帰依し、勅命によって宮中の六時勤行の内、昼間の3回を行うことになりました。その後現在の場所に移ったが、1708年(宝永5年)の宝永の大火と1788年(天明8年)の天明の大火で焼失し、第116代・桃園天皇の女御・恭礼門院の宮殿を移して再建しました。なお室町時代に第101代・称光天皇の皇女・了山尼が入寺し、その後も皇女・女王や摂関家の女子が入寺して尼門跡寺院になり、江戸時代に比丘尼御所に数えられました。 
 三時知恩寺では宮中の六時勤行(1日6回の勤行)の内、昼間の3回を行ったことから三時知恩寺と言われるようになりました。なお六時勤行は1日を日中・日没・初夜・半夜・後夜・晨朝に6分し、4時間毎に念仏・読経などの勤行を行うことです。
                        -京都ガイドHPより-

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