じんどうじ
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楽しみ方神童寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年01月06日(月) 21時14分26秒
参拝:2023年3月吉日
【京都府 木津川市】(じんどうじ)
京都府の最南端「南山城」地区、木津川市も古刹が多く何度も訪れてしまいます。
「北吉野山神童寺縁起」によると当寺は聖徳太子の創建であり、「大観世音教寺」と称していたといわれます。その後、675年に役行者が当寺に入って修行を行っていたところ、二人の『神童』が現れたとのことです。役行者はその神童の助力を得て「蔵王権現像」を刻むと、当寺の新たな本尊として祀り、やがて寺名を「神童教護国寺」や「神童寺」とし、この地に「金峰山」を拠点とする修験者集団の勢力が及ぶと「修験道」の道場として栄えたといわれます。後に衰退してしまいますが、「興福寺」の「願安大師」が再興して旧観に復し、最盛期には付近の山一帯に二十六坊の堂が存在したことが所蔵の絵図からうかがえるとのことです。別棟の収蔵庫には多くの平安時代を中心とした仏像が目を見張ります。
京都府の最南端「南山城」地区、木津川市も古刹が多く何度も訪れてしまいます。
「北吉野山神童寺縁起」によると当寺は聖徳太子の創建であり、「大観世音教寺」と称していたといわれます。その後、675年に役行者が当寺に入って修行を行っていたところ、二人の『神童』が現れたとのことです。役行者はその神童の助力を得て「蔵王権現像」を刻むと、当寺の新たな本尊として祀り、やがて寺名を「神童教護国寺」や「神童寺」とし、この地に「金峰山」を拠点とする修験者集団の勢力が及ぶと「修験道」の道場として栄えたといわれます。後に衰退してしまいますが、「興福寺」の「願安大師」が再興して旧観に復し、最盛期には付近の山一帯に二十六坊の堂が存在したことが所蔵の絵図からうかがえるとのことです。別棟の収蔵庫には多くの平安時代を中心とした仏像が目を見張ります。
すてき
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ミッフィー961投稿
令和6年11月30日より皆様のお仲間に入れさせていただきました。皆様の投稿・写真にいつも感心させていただいております。ただ「俗な自分」は、神社仏閣の素晴らしい「建築・彫刻・絵画・工芸・庭・・」な...もっと読む
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