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水主神社・樺井月神社ではいただけません
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みずしじんじゃ・かばいつきじんじゃ

水主神社・樺井月神社
京都府 富野荘駅

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
なし

なし

おすすめの投稿

神祇伯
神祇伯
2019年11月23日(土)
1458投稿

『延喜式神名帳』に山城国久世郡「水主神社 十座」と載って…十座!?どんだけいんの!?
式内社間の座数では一番多いんじゃないでしょうか。
「水」のつく神社の通り、雨乞いの祈願がされてました。

水主神社・樺井月神社の建物その他

《一の鳥居と社号碑》
式内社二社分あります。

水主神社・樺井月神社の鳥居

《二の鳥居》

水主神社・樺井月神社の建物その他

《境内》

水主神社・樺井月神社の手水

《手水舎①》

水主神社・樺井月神社の建物その他

《社務所》
普段は無人です。

水主神社・樺井月神社の歴史

《由緒書き》
上記の二社+もう一社の由緒が書かれてます。

水主神社・樺井月神社の手水

《手水舎②》

水主神社・樺井月神社の山門

《神門》
普段は神門のところで柵が立っており、社殿の近くまで行くことはできません。
しかし、正月や祭典のときは開くらしいです。

水主神社・樺井月神社の本殿

《水主神社本殿》

水主神社・樺井月神社の本殿

《樺井月神社》
同国綴喜郡の式内大社です。かつては大住の月読神社の近くに鎮座していましたが、洪水によって流され、現在地に遷座しました。

水主神社・樺井月神社の末社

《衣縫神社》

水主神社・樺井月神社の末社

こんな狭い中に十座も…かなりぎゅうぎゅうですね。

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歴史

水主神社は往古の由に聞こえたる名神大社なり。其祭神は天照御魂神(饒速日尊)、天香語山命,天村雲神,天忍男神,建額赤命,建筒草命,建多背命,建諸隅命,倭得玉彦命,山背大國魂命の重柱にして天照御魂神は即ち火明命にて氏の高祖なり。第十世山背大国魂命にいたり、山城に移り大いに其の国に功烈あり。之を尊みて山背大国魂命という其の子孫山代水主連となり、世々其の祀りを奉せしものなり。延喜式に水主社十座並大月次新嘗と定められ、特に天照御魂神と山背大国魂命とは四季祭相嘗に預り又、祈雨大神の内に加わり、仁寿貞観の信念の頃、加茂両社松尾稲荷住吉大社など諸社と共に新年祈雨の奉幣あり。朝家御尊敬上下帰依信仰尤も厚しと伝う。

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水主神社・樺井月神社の基本情報

住所京都府城陽市水主馬場30
行き方

近鉄京都線「富野荘」より徒歩15分

アクセスを詳しく見る
名称水主神社・樺井月神社
読み方みずしじんじゃ・かばいつきじんじゃ
参拝時間

なし

参拝にかかる時間

10分

参拝料

なし

トイレあり
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳なし
電話番号0774-52-1747
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご祭神《水主神社》
 天照御魂神
 天香語山命
 天村雲神
 天忍男神
 建額赤命
 建筒草命
 建多背命
 建諸隅命
 倭得玉彦命
 山背大國魂命
《樺井月神社》
 月読命
ご神体不詳
創建時代不詳
創始者不詳
本殿一間社流造
ご由緒

水主神社は往古の由に聞こえたる名神大社なり。其祭神は天照御魂神(饒速日尊)、天香語山命,天村雲神,天忍男神,建額赤命,建筒草命,建多背命,建諸隅命,倭得玉彦命,山背大國魂命の重柱にして天照御魂神は即ち火明命にて氏の高祖なり。第十世山背大国魂命にいたり、山城に移り大いに其の国に功烈あり。之を尊みて山背大国魂命という其の子孫山代水主連となり、世々其の祀りを奉せしものなり。延喜式に水主社十座並大月次新嘗と定められ、特に天照御魂神と山背大国魂命とは四季祭相嘗に預り又、祈雨大神の内に加わり、仁寿貞観の信念の頃、加茂両社松尾稲荷住吉大社など諸社と共に新年祈雨の奉幣あり。朝家御尊敬上下帰依信仰尤も厚しと伝う。

体験御朱印

Wikipediaからの引用

概要
水主神社(みずしじんじゃ)は、京都府城陽市水主宮馬場に鎮座する神社である。式内大社で、旧社格は府社。
歴史
歴史[編集] 創建[編集] 社伝によると、崇神天皇の時代、豊鋤入姫命をして天照大神を倭笠縫邑に遷し、また淳名城入姫命をして、倭大国魂命を倭、山背大國魂命を山背の二国に祀らしめたとし、このうち山背に奉斎したのを当社とする。『新撰姓氏録』(815年)に「山城国神別 水主直 火明命之後也」とあることから、本来はこの水主直が祖神である天火明神(天照御魂神)を奉斎した神社と推測される。 概史[編集] 天安2年(858年)に雨乞、貞観元年(859年)には風雨祈祷がされるなど、国史では当社への祈雨奉幣のの記事が散見され、更に『延喜式』臨時祭では祈雨神祭八十五座に選定されているなど、祈雨に対し霊験が...Wikipediaで続きを読む
引用元情報水主神社 (城陽市)」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E6%B0%B4%E4%B8%BB%E7%A5%9E%E7%A4%BE%20%28%E5%9F%8E%E9%99%BD%E5%B8%82%29&oldid=86343876
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