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楽しみ方編集詳細
2020年07月05日(日) 17時53分 byささ
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133.4507914
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しょうりゅうじ
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波切不動
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青龍寺を遍路するときは、「宇佐の大橋」を渡る。昭和48年に橋が開通するまでは、浦ノ内湾の湾口約400mを船で渡った。弘法大師も青龍寺を創建するさいに、この湾を船で渡っていた。お供をした8人を残している。その子孫が「竜の渡し」というこの渡し船を、近年まで代々守り続けてきたと伝えられている。 弘法大師が唐に渡り、長安の青龍寺で密教を学び、恵果和尚から真言の秘法を授かって真言第八祖となられ、帰朝したのは大同元年(806)であった。縁起では、大師はその恩に報いるため日本に寺院を建立しようと、東の空に向かって独鈷杵を投げ、有縁の勝地が選ばれるようにと祈願した。独鈷杵は紫雲に包まれて空高く飛び去った。 帰朝後、大師がこの地で巡教の旅をしているときに、独鈷杵はいまの奥の院の山の老松にあると感得して、ときの嵯峨天皇(在位809〜23)に奏上した。大師は弘仁6年、この地に堂宇を建て、石造の不動明王像を安置し、寺名を恩師に因み青龍寺、山号は遙か異国の地から放った「独鈷」を名のっている。 明治のころまで土佐7大寺といわれ、末寺四ヶ寺、脇坊六坊をもつ名刹であった。また、本尊の波切不動明王像は大師が入唐のさい、暴風雨を鎮めるために現れたと伝えられ、いまも航海の安全や豊漁、世間の荒波をも鎮めてくれると、深く信仰されている。
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35【清瀧寺】より (自家用車)約50分 約18km (徒歩)約4時間 約15km 37【岩本寺】より (自家用車)約1時間30分 約50km (徒歩)約16時間 約55.5km
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7:00~17:00
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普通20台(無料/有料)
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true
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駐車場にあり
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独鈷山(とっこうざん)
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伊舎那院(いしゃないん)
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弘仁6年(815)
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弘法大師
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四国八十八箇所第36番
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愛染明王坐像(重要文化財) 土佐遍路道 青龍寺道(国の史跡)