いちのみやてんまんぐう
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方一之宮天満宮(梶原景時館跡)のお参りの記録一覧
1〜8件8件中
絞り込み
複数語は空白区切り
参拝期間
----年--月
〜----年--月
御朱印関連
フォロー中
自分
サポーター
検索する
絞り込み限定
投稿日降順
キーワード
参拝----年--月〜----年--月
御朱印
フォロー
自分
サポーター
検索

こばけん
2025年06月07日(土)1364投稿

ひでどらごん
2025年03月15日(土)1141投稿
鎌倉幕府の重臣・梶原景時の館跡とされるのが、寒川町一之宮にある一之宮天満宮である。館址に建てられた小さな祠は、教養人でもあった景時を偲び、里人が館の物見台跡に創建したと伝えられる。
● 発掘調査で確認された遺構
2001年の発掘調査では、館の堀跡とみられる遺構が確認された。ただし、これが直接梶原氏に関わるものかは不明であり、今後の調査研究が待たれる。
● 梶原景時と寒川の館
景時は源頼朝の厚い信任を受け、鎌倉幕府創設に貢献した御家人である。彼の館は寒川町一之宮にあったと『吾妻鏡』や『新編相模国風土記稿』に記されている。館の西側には「城之下(じょうのした)」という地名が残り、当時の名残をとどめている。寒川の館は、鎌倉の本宅とは別に、非常時の拠点や情報収集の場として、頼朝から与えられた所領の一つに建てられたと考えられる。
● 鎌倉幕府での役割と失脚
景時は「諫言の景時」と称され、源義経との対立などから悪評も残るが、鎌倉の武士の中でも特に重要な存在だった。頼朝の死後、幕府の合議制13人の一人となるが、御家人66人による弾劾を受け失脚。京へ向かう途中、在地の武士に討たれた。
● 梶原景時館跡と現在
館は現存しないが、その跡地とされる寒川町一之宮には、一之宮天満宮が祀られている。景時の功績とともに、鎌倉時代の歴史を今に伝える場所となっている。
もっと読む最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ























