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妙隆寺七福神壽老人

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平成28年1月23日参拝

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平成28年1月23日

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鎌倉江の島七福神
壽老人

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鎌倉江の島七福神 寿老人

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南無日親上人

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叡昌山妙隆寺(日蓮宗)
鎌倉江の島七福神ー寿老人

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04-2) ” 丸山定夫の碑 ” 解説ボード
<書き起こし>丸山定夫の碑
丸山定夫は、明治三十四年五月三十一日、
愛媛県 松山市北徒歩町に、海南新聞社編集長、丸山常次の 四男としてうまれた。
そして早くから演劇の魅力に 憑かれ、大正十三年六月三日、
築地小劇場が東京築地に 開設されるや、その開幕のドラを叩いた。
つづいて昭和三年まで同劇場にはたらき、昭和四年
新築地劇団の創立に加わって、十五年まで舞台に立ち、
独異の性格俳優として「新劇の団十郎」とまで言われ
新劇史上不朽の名をとどめた。人間としても、よく読み、 よく歌い、
よく飲み、よく悲し、友を愛し、人の世話を見、
純情で敏感で柔軟な心情を以て知る人すべてから 愛された。
が、昭和二十年八月六日、広島市堀川町九九番地、
移動演劇桜隊の宿舎でアメリカ軍投下の原爆に遭い、
十日間の苦悶の末、十六日、厳島存光寺の庫裡で
誰れにも看取られずに四十三年のいのちを閉じた。
その後、埋められた場所きへ知られずにいたのを、
最近この地に朽ちかけた墓標が発見され、友人知人たちの
協力で新しく記念碑が建てられた。知友代表として
その由来を記す。
一九六六年十月
藤森成吉
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御朱印(書置き)南無日観上人

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御朱印(直書き)寿老人

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御朱印帳・寿老人(印なし)

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鎌倉江の島七福神 寿老人

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鎌倉江の島七福神 寿老人 300円

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御本尊500円

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