からすのもりいなりだいみょうじん
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楽しみ方烏巣之森稲荷大明神のお参りの記録一覧

ホトカミのちゃんあきさんの投稿とGoogleマップ頼りにこちらの小さなお稲荷様を参拝🙏
細い入り組んだ路地裏に鎮座していました🦊綺麗に掃除もされていて、地元に愛されているのを感じました✨
烏巣之森稲荷の向かって左に浅間神社と三峰神社の石碑と祠がありました。
お稲荷様の御使い様の白く綺麗な狐は鉄網で囲われておりますが、大事にされているのが伝わります。
手水舎の石がすごく時代を感じます。

綺麗な白狐の御使い様✨

大事にされております🙏

手洗鉢の傍らにある木製板には天保4(1833)年に奉納と彫られておりました。時代を感じ大事に使われて今も使われている感慨深いですね✨






子安浜の住宅密集地の中に鎮座されています。
小さな神社ですが、とても面白い伝説が残っています。
室町時代の禅僧・萬里の漢詩文集「梅花無尽蔵」に、鵜の森稲荷の森から州干辨天(旧横浜村の鎮守)を眺めた時の詩が記載されています。この鵜の森稲荷というのが当社になります。
昔この辺りは森で、稲荷堂があり、群がる鵜が魚を呑込んでは稲荷堂の前に積み上げました。付近の漁師はお堂に大漁の祈願をし、社前の魚を一尾借用して漁に出ます。大漁となった暁には借用に利をつけて返済していました。
鵜はこの稲荷の御使の鳥と崇められていましたが、いつの頃からか姿をひそめました。
今度は烏が代わって群れるようになりましたが、烏は魚を積みません。鵜が烏に変わっても漁師は祈ることを続けます。いつの頃からか烏森と呼ばれるようになりました。
烏は魚を積まない代わりに覿面なお告げをしました。森の烏の鳴き声が悪いと、どんなに晴天であっても必ず海が荒れるといわれ、この社の眷属として大切に保護されたといいます。
時代が進み森がなくなってからは、一之宮神社に合祀されましたが、たとえ神といえども、何百年と住み慣れた土地が恋しいと夢枕に立ち、社地であった現在地に宮を建て、町内・付近の信仰を集め現在に至るそうです。(「横浜の伝説と口碑」より要約しました。)
とても綺麗に管理されていて、今も大切にされているのが伝わってきました✨








「四方佛」と名付けられた手水鉢。

江戸十人衆、海保牛兵衛か江戸に上る際、ここに出世を祈り、後に成功しその報賽として寄進したという話があるそうです。

末社の浅間神社と三峯神社
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