くまのじんじゃ
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楽しみ方熊野神社のお参りの記録一覧

熊野神社は、神奈川県横須賀市長沢に鎮座しています。緑に囲まれた静かな環境にあり、地元の人々に親しまれている小さな神社です。最寄り駅は京急久里浜線の京急長沢駅で、駅からは徒歩およそ8分。ちょっとした散策気分で向かえる距離です。
駅を出て、横須賀市立北下浦中学校の校庭を右手に見ながら道なりに進んでいきます。しばらく歩くと北下浦小学校方面へ進む分かれ道に出ますが、そちらには向かわず、住宅が立ち並ぶやや傾斜のある坂道を登っていくのが近道です。坂を登りきった先には、鳥居をくぐらずに神域に入ることができる裏参道のようなルートがあり、日常の中にふと現れる神聖な空気に包まれます。
一方で、正面から参拝したいという方には、少し遠回りにはなりますが、北下浦小学校を左手に見ながらそのまま直進するルートがおすすめです。やがてマンションが見えてくる頃、右折すると鳥居が正面に現れ、正式な参道を通って境内へと進むことができます。周囲にはこのマンション以外に大きな建物はほとんどなく、住宅の屋根越しに広い空と海の気配が感じられ、ゆったりとした時間が流れているように感じられます。
神社の境内に入ると、すぐに静謐な空気に包まれます。鬱蒼とした木々に囲まれており、神域と外界を明確に分けるような佇まいは、まさに「結界」を感じさせるものです。由緒板によれば、この熊野神社の創建年代は不詳で、「紀州熊野三社権現の合社である」と記されています。すなわち、和歌山県の熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社を一体として祀る神社ということになります。こうした熊野信仰が遠く神奈川県横須賀市にまで伝わった背景には、人々の移住や信仰の伝播といった歴史的な流れが関係していると考えられます。
境内の高台からは、すぐ近くに東京湾が広がっているのが望め、さらにその向こうには房総半島がうっすらと霞んで見えます。風光明媚な景色が広がる中、海から吹き抜ける風が心地よく、参拝者の心を静かに整えてくれるような場所です。
この一帯を含む広範囲に、「マカセ網漁法」と呼ばれる独特な漁法が伝えられています。これは網を使って効率的に魚を捕獲する技術であり、その技術を持っていた漁民たちが、かつて紀州地方からこの地に移住してきたという伝承が残っています。紀州の熊野信仰を深く根付かせていた人々が、新たな生活の場でもその信仰を大切にし、日常の延長として神を祀る場を設けたと考えれば、熊野神社の創建に彼らが関わっていた可能性も十分にあるでしょう。
そして、この熊野神社のすぐ近くには、「マカセ稲荷(熊野神社と同じく長沢1丁目)」と呼ばれる非常に小さな神社も、ひっそりと佇んでいます。簡素な鳥居と小さな祠があるだけのつつましい佇まいで、まるで道端の石仏のようにも見えますが、地元の人たちに大切にされている様子がうかがえます。「マカセ稲荷」という名前と、先述の漁法との関係性も気になるところであり、両者の間に信仰や暮らしに根差した文化的なつながりがあるのかもしれません。
今後、時間を見つけて、熊野神社とマカセ稲荷、そしてこの地域の生活文化との関係について、さらに深く探ってみたいと考えています。日常に溶け込む信仰のあり方を見つめ直す手がかりとして、この地は非常に興味深い存在です。








夜もすっかり更け、境内に到着したのは宵の口でした。人影はあるはずありません。あたりはしんと静まりかえり、風の音さえもどこか遠慮がちに聞こえてくるほど。ふと耳を澄ますと、背後の京急線の電車が通過する音が微かに届きました。金属音がわずかに空気を震わせ、かすかな余韻を残して夜の静寂に溶けていきます。
参道を歩み進めるにつれ、今度は遠く海の方角から寄せては返す波の音が聞こえてきました。風に乗って運ばれてくるその音は、非常に小さいながらも確かにそこに在り、どこか懐かしさと安心感を与えてくれました。日中であれば気づかないほどの微細な自然の音が、この時間帯になると一つひとつ際立って感じられるのです。まるで神域が耳を澄ませば語りかけてくるかのような、そんな錯覚さえ覚えました。
社殿の前に立ち、静かに一礼してから手を合わせました。誰にも邪魔されることのないひととき。日々の忙しさの中で見失いかけていた感謝の気持ちや、反省の念が胸の奥から自然と湧き上がってきます。こうして夜遅くに訪れることで、普段見過ごしてしまうもの、聞き逃してしまうことと、あらためて向き合うことができた気がしました。
参拝の余韻を胸に抱えながら、しばしその場に佇んでいたくなる、そんな夜ではあったものの、鳥居をくぐると待っているのは現実社会。再訪を誓った一礼の後は、まだまだ歩を進めます。


手水舎といっても、神社や仏閣によってその形式はさまざまで、なかなか興味深いものがある。多くの場所では、従来どおり柄杓で水をすくう方式が採られているが、コロナ禍を経て、柄杓を廃止し、直接手で水を受けるようになったところも増えてきた。
また、水盤に水をためず、必要な分だけ蛇口から流す方式をとる神社もある。これは比較的参拝者の少ない場所に多く見られる印象で、カラスなどの野鳥が水を飲みに来るのを防ぐという目的もあるのかもしれない。
見た目に清涼感のある「花手水」は、その華やかさゆえに人気だが、残念ながら私がよく参拝する神社ではそのようなオシャレにはなかなかお目にかかれない。
一方で、センサー式のものも存在し、手や柄杓を近づけると自動で水が出るものや、間断なく水が流れ続けているタイプもあり、その多様さには目を見張るものがある。
さて、この日参拝した神奈川県横須賀市長沢に鎮座する熊野神社では、蛇口式が採用されており蛇口を捻って柄杓に水をため、水鉢は空のままだった。これは比較的よく見かける光景だろう。しかし、そこに特徴的な点がひとつあった――手拭いが備え付けられていたのである。
手水舎での作法において、手拭き用の布を持参することは当然のマナーであり、議論の余地はないと思っている。それでも、こうした備え付けの手拭いを用意してくれている神社関係者の心遣いを無にしたくないという気持ちから、あえて自分のものではなく、用意された手拭いで濡れた手を拭くことにしている。
もちろん、共有の手拭いを使いたくないという人の気持ちもよくわかるし、それはそれで尊重されるべきだろう。ただ私は、神社の側からのささやかな心遣いを、行動で受け止めたいと思うだけなのだ。
ちなみに、こうした手拭いの多くには、祭礼などの際に使われたであろう地域独自の印刷が施されており、思いがけず土地の風土や文化を感じさせてくれることもある。


神社建築において、赤色の柱や梁には魔除けの意味があるとされ、古来より多くの社殿で採用されている。朱色は酸化鉄を含む顔料によって発色され、防腐効果も兼ねていることから、実用性と象徴性を併せ持つ色彩とされてきた。こうした朱塗りの構造材は、緑豊かな境内環境の中で視覚的なコントラストを生み、社殿の存在を明確に際立たせる役割も果たしている。また、屋根の形式には入母屋造が用いられ、切妻造と寄棟造を組み合わせた構造が特徴である。この形式は、屋根勾配の変化によって重厚感を持たせつつ、風雨への耐久性にも優れ、古くから神社や寺院の主要建築に広く採用されてきた。装飾性と機能性が調和した建築様式として、現在に至るまで伝統的建築の一形態として継承されている。
その一方で、境内には「禁煙」や「NO SMOKING」といった注意書きの掲示が見られることもある。こうした表示は、伝統的な建築様式や宗教的空間としての雰囲気と視覚的に対照的であり、現代的なマナー啓発の一環として設置されていると考えられる。神域における喫煙は火災リスクや礼節の観点から望ましくない行為とされるため、こうした表示の存在は、宗教的尊厳と公共的安全の両立を図る取り組みの一例と位置づけられる。
英語表記といえば、今回訪れた熊野神社と同じ横須賀市内に鎮座するある神社の前では、”OFF LIMITS TO U.S. FORCES PERSONNEL”(米軍関係者立入禁止)といった看板を目にすることもある。市内に米軍基地が存在する土地柄ゆえのものであり、宗教施設の案内にもその影響が垣間見える。もちろん、例えば神域での喫煙は論外だが、訪れる者が節度を持ち、静謐な空間を尊重する限り、神道への理解を深める機会として境内に足を踏み入れることは許容されるべきであろうというのが私見。

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