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傍示堂石塔群の御由緒・歴史
神奈川県 追浜駅

ご本尊六地蔵様 庚申様ほか
創建時代1400年代(応永年間)は室町時代
ご由緒

◆傍示堂の石塔群◆
『昔、このあたりは、天神山脈が東西に連なって、和田山・室ノ木に達する険しい山道でした。
その尾根道の峠を南北に貫く小径が「浦賀道」で、その小径の傍らに、古くから五輪塔・地蔵・庚申塔が祀られていました。

特にこの場所は、浦郷村(現在の追浜)六浦荘村(金沢区)の村境いである事と又相模・武蔵の国境でもありましたので、隣村から悪人や病気が入らぬよう、そして、自身の長寿を祈ったのが、この石塔です。六体揃った舟形の石の中に、お地蔵様が彫られている「六地蔵」と、お首が落ちて見るからに痛々しい「六地蔵」が
ありますが「六地蔵信仰」は人間の死後、六道「天上・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄」を輪廻転生するといわれ、自身と亡者の死後の世界の幸せを願ったものでありましょう。
 
「庚申塔」は、人間が穀物を食べるようになり、穀物のなかに住んでいる、「三尸の虫」が人間の体内に入り、祖の行動を監視します。
そして十干十二支で言う、「庚申(かのえさる)」の日、その人間が眠りに入った時に、体内から飛び去って「天帝」に、その人間の悪事を報告します。
そのために「庚申」の日に「三尸の虫」が、自分の体内から飛び去らないように「講」を造ったりして夜を徹します。
「講」を続ける事十三回を座として、その折ふしに庚申塔を建てます。
 
「五輪塔」は、鎌倉・室町時代に建てられたものが多く、宇宙の五大要素の空・火・水・地を表現しています。正面には「梵字」が彫られています。
ここに祀られている「五輪塔」は、約600年前のもので四面に「梵字」が彫られている大変貴重なものです。
        
平成8年2月   追浜地域文化振興懇話会』
https://blog.goo.ne.jp/tivgdtd/e/1251e50eb83f67f25666e9e86b663c69

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