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楽しみ方編集詳細
2025年03月30日(日) 00時05分 byひなぎく
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35.2537849
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35.2538331
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139.1682139
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139.1684981
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小田原市浜町4丁目21−10
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小田原市浜町4丁目25−32
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新編相模風土記稿には、三代氏康が当社を現在地に勧請したと云うが一説に、小田原城総構の東南出入口(旧山王口)脇にあることから、城の東方にあった山王曲輪の鎮護の社として祀られたのではないかとも云われている。 また「北条五代記」 「北条盛衰記」には当社の起源と思われる逸話が語り継がれている。元亀元年(1570)氏康が和歌により城内にいた老狐の悪霊を祓い清めたことにより老狐が死んでしまった。翌年氏康は逝去したが、父が歿したのは老狐の霊によるものだと子の氏政は考え、城内の狐が死んでいたところに社を建て供養したという。そして後に、やはり城内に祀ってあった蛙石明神とともに現在の鎮座地に移したとも伝わる。 東海道筋の状況を把握するため幕府が天保年間に編纂した東海道分間延絵図には、北條時代東海道の一里塚付近に当社と赤い鳥居が描かれている。明治末年政府の手で行われた神社合併政策(神社合祀)により、県社である小田原総鎮守松原神社に合祀されたが、明治45年に復祀され現在に至る。
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稲荷神
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倉稲魂命 大宮姫命 大己貴命 保食神 大田命
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「小田原駅」より徒歩16分
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北条氏康