すずかみょうじんしゃ
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楽しみ方鈴鹿明神社のお参りの記録(14回目)
投稿日:2025年08月02日(土) 21時26分34秒
参拝:2025年8月吉日
鈴鹿明神社の例大祭に少しだけお邪魔してきました。仕事が残業になってしまい無理かなと思ってたけど、なんとか間に合いました💦
ちょうど御神輿が神社に戻ってきたタイミングで、祭りの熱気にテンションあがりました😊🎶
鈴鹿さんの例大祭は、昔は6月7日〜14日でしたが、明治9年(1867)に8月1日としたと皇国地誌に記載があります。現在は7月31日に宵宮祭、8月1日に例大祭となっていて、明治の頃より変わらず催行されています。8月1日は八朔といって、農家では田植えを終えて休業し神に稲の豊作を祈願する祭りの日なのだといいます。
また、鈴鹿明神の祭礼は明治初年まで『イガスリ祭』と呼ばれていました。このことから、大阪市の坐摩神社か、皇居に祀られる坐摩の神に関係のある者が鈴鹿明神社の前身を創始したとも考えられるそうです。
あるいは「鈴鹿」とは泉の多い土地に名付けられ、神社付近には泉や湧水が多くそれらは重要な水源でした。古代、泉は井戸であったことから、井戸の神、土地の守り神、即ち坐摩の神として鎮座の年代を伝えないくらい古くから祭祀があったのではとも考えられるそうです。
これは、鈴鹿明神社の祭礼がイガスリ祭と呼ばれていたことから、坐摩から座間になったという地名由来の「異説」なのですが、大変興味深い話だと思いました。
(参考)
座間むかしむかし合本集
ちょうど御神輿が神社に戻ってきたタイミングで、祭りの熱気にテンションあがりました😊🎶
鈴鹿さんの例大祭は、昔は6月7日〜14日でしたが、明治9年(1867)に8月1日としたと皇国地誌に記載があります。現在は7月31日に宵宮祭、8月1日に例大祭となっていて、明治の頃より変わらず催行されています。8月1日は八朔といって、農家では田植えを終えて休業し神に稲の豊作を祈願する祭りの日なのだといいます。
また、鈴鹿明神の祭礼は明治初年まで『イガスリ祭』と呼ばれていました。このことから、大阪市の坐摩神社か、皇居に祀られる坐摩の神に関係のある者が鈴鹿明神社の前身を創始したとも考えられるそうです。
あるいは「鈴鹿」とは泉の多い土地に名付けられ、神社付近には泉や湧水が多くそれらは重要な水源でした。古代、泉は井戸であったことから、井戸の神、土地の守り神、即ち坐摩の神として鎮座の年代を伝えないくらい古くから祭祀があったのではとも考えられるそうです。
これは、鈴鹿明神社の祭礼がイガスリ祭と呼ばれていたことから、坐摩から座間になったという地名由来の「異説」なのですが、大変興味深い話だと思いました。
(参考)
座間むかしむかし合本集

神社横の道路にも屋台がたくさん並んでました。





ちょうど子ども神輿が宮入りしました。

御神輿の鳳凰の嘴に稲の若穂をくわえさせるのは、抜穂(ぬいほ)といって神に稲の若穂を供える神饌なのだといいます。


星の谷・皆原・鈴鹿長宿はやし保存会によるお囃子奉納。


神楽殿

万燈神輿と宮神輿が神社横の鈴鹿公園御旅所にきました。人がすごくて写真はこれが限界でした💦

すてき
投稿者のプロフィール

ひなぎく823投稿
幼少期から神社や神話に触れてきました。ご由緒やその土地の歴史、かかわる人々に想いを馳せたり考察をするのが好きです。歴史を調べながら関連する場所を数珠繋ぎに巡っています。 すてきやフォローありがと...もっと読む
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