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てんのういん|曹洞宗龍淵山

天応院のお参りの記録一覧
神奈川県 原当麻駅

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ひなぎく
ひなぎく
2025年03月16日(日)866投稿

相模原市南区下溝にある曹洞宗の寺院で、虚空蔵菩薩を本尊としています。境内の薬師堂は関東九十一薬師霊場の札所になり、墓地には八王子城主 北条氏照の一人娘・貞心尼と、3代将軍徳川家光の養育係だった青山忠俊のお墓があります。

『日本洞上連灯録』という曹洞宗の僧伝には、下野国佐野郡主の開基とあり、佐野市にあった天応院が戦乱で焼失したため、天叟順孝という僧が師の季雲永岳に請うて明応4年(1495)に当地に再建したと伝わっています。

【中興開基・貞心尼】
「貞心(ていしん)さま」は、北条氏照の一人娘で鶴香姫(つるこひめ)といい、北条家臣で下野国佐野城代の山中大炊輔に嫁いで、下溝堀之内に屋敷を構えたといわれる女性です。
夫は若くして亡くなり、二人の間にできた姫も早世し、夫とわが子の冥福を祈り、当院5世岱樹和尚によって剃髪して「貞心」という尼僧名を授けられ、寺社領を寄進し中興となって仏道に精進したといいます。

【再中興開基・青山忠俊公】
2代将軍徳川秀忠に仕え、3代将軍家光の傅役(もりやく)を勤めました。忠俊公が46歳の時、家光公のお気にふれられ謹慎の身となり、領地であった下溝の天応院門前に総長屋を建てて多くの家来と住んだといいます。当院の大庫裡を建立されたと寺伝にあるそうです。寛永20年(1643)に66歳で亡くなると、遺骨は天応院と京都の大徳寺芳春院に葬られたといいます。

【薬師堂】
関東九十一薬師霊場 第19番。
下溝の松原集落にあったものを明治時代末に天応院に移されました。現在の堂宇は昭和50年に天応院450回忌記念事業として建てられたものです。

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ご住職は法事中で、御朱印は奥様が対応してくださいました。またお参りに来たいと思えるような素敵な方でした。ご住職とタイミングがあえば縁起などお話して下さるとのことでした。

先月佐野市を巡ったばかりだったので、境内掲示板にあった縁起に「佐野」の文字を見た時は鳥肌でした💦遠く離れた相模原で佐野ゆかりの寺院と出会うなんて。
もともとは佐野のどこにあったのか?とか、山中氏が佐野城代とあったので気になり調べてみたけど全然わからず😫

さらに貞心尼様の母の家である大石氏のルーツを調べたら、藤原秀郷公、さらに木曾義仲の後裔の名が…(⁠☉⁠☉⁠)⁠こんなにもつながるものかと驚きを通り越してちょっと怖くもなりました💦

天応院(神奈川県)

天応院入口。『虚空蔵菩薩』

天応院(神奈川県)

『おっぱい地蔵』
貞心尼の乳母をかたどったとされているとのこと。

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