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楽しみ方依知神社のお参りの記録一覧
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厚木市上依知北端の相模川沿岸に鎮座していてます。江戸時代までは『赤城大明神』と呼ばれ、広大な社地を有する依知郷の郷社でした。現在は厚木市と相模原市を結ぶ昭和橋の開通により境内が道路で分断され、大変こじんまりとしています。
また、この辺りで赤城の神が祀られるのは珍しいなと思ったんですが、その由縁はちゃんと口承で残っていて平将門公がかかわっていました。
以下、由緒沿革。
『縄文時代の往古より遠い先祖は、磐筒男命を祭神に依知神社を創建し、郷土の開発に尽力して来ました。
平安時代中頃のこと、平将門公が関東平定の節、依知神社に参拝しました。ちょうど相模川が氾濫したあとで、土手は崩れ、田畑は泥沼となり村人は途方に暮れていました。将門はその様子を見ると、復興の手助けをしたいと考え、赤城山の神馬を献上しました。馬の目覚ましい働きで復興は順調に進みました。喜んだ村人は、平将門と赤城山の神馬を神社に祀り社殿を再建して「赤城大明神」としました。
時代は下って鎌倉時代、源頼朝公は当社の沿革由緒に深く感銘し、広大な土地を神社に寄進しました。続いてその子源頼家公は、神社の建物を再建し、その記念として境内にイチョウの木を寄進されたといい、現在、市の天然記念物になっています。
天正19年(1591)徳川家康公は、由緒経緯と氏子の誠意に深く感動され御朱印壱石を下賜されました。以来、依知郷の郷社として祭礼も盛大に行われたと伝承されています。
明治4年広大な社領は維新の大改革により上地となり、同27年7月19日に依知神社として社号を改称し現在にいたっています。』
(参考・参照)
・神奈川県神社誌
・語り継ぐふるさと〜厚木の口承文芸
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