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2022年09月19日(月) 08時37分 byサンダー

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郵便番号
編集後
250-0045
ご由緒
編集前
居神神社由緒

永正17年(1520)の創建、現在の小田原市板橋と南町一部地域の鎮守様です。

新編相模國風土記稿によれば、主祭神三浦荒次郎義意公には壮絶な伝説があります。
永正13年(1516)に北条早雲によって滅ぼされた相模三浦氏の最後の当主で、自らが自刃した時に首が天高く舞い上がり、やがて小田原井神の森の古松に引っかかった。そのまま3年間腐らずに通行人を睨みつけ、道中を通る人は の中には気絶する人、酷いと死んでしまう人もいた。名だたる名僧が供養しても一向に成仏せず、松の木から首を取ろうとした北条家の人はことごとく死に至ったという。そこで久野総世寺四世の忠室和尚が読経し「うつつとも 夢とも知らぬ ひと眠り 浮世の隙を 曙の空」と一句手向けると首はたちまち白骨化し松の木から落ちました。その時空から「我これより禍転じて福となし永く当所の守り神とならん」と声が聞こえ、そこで松の下に祠を作り三浦荒次郎義意の御霊を祀った事が居神神社の創始と言われています。
敵国の武将を自国(当時、北条家のお膝元であった小田原の地)に祀る例は極めて稀であり、神社創建の翌年、大永元年(1521)には神輿の渡御が始まり、小田原城でも祈祷を行なっていたとされている。これは時の小田原城主北条氏綱の三浦荒次郎義意に対する哀悼心も創建に一役買ったと言われています。
2020年(令和2年)に居神神社創建500年の節目を迎える運びとなりました。
編集後
居神神社由緒

永正17年(1520)の創建、現在の小田原市板橋と南町一部地域の鎮守様です。

新編相模國風土記稿によれば、主祭神三浦荒次郎義意公には壮絶な伝説があります。
永正13年(1516)に北条早雲によって滅ぼされた相模三浦氏の最後の当主で、自らが自刃した時に首が天高く舞い上がり、やがて小田原井神の森の古松に引っかかった。そのまま3年間腐らずに通行人を睨みつけ、道中を通る人は の中には気絶する人、酷いと死んでしまう人もいた。名だたる名僧が供養しても一向に成仏せず、松の木から首を取ろうとした北条家の人はことごとく死に至ったという。そこで久野総世寺四世の忠室和尚が読経し「うつつとも 夢とも知らぬ ひと眠り 浮世の隙を 曙の空」と一句手向けると首はたちまち白骨化し松の木から落ちました。その時空から「我これより禍転じて福となし永く当所の守り神とならん」と声が聞こえ、そこで松の下に祠を作り三浦荒次郎義意の御霊を祀った事が居神神社の創始と言われています。
敵国の武将を自国(当時、北条家のお膝元であった小田原の地)に祀る例は極めて稀であり、神社創建の翌年、大永元年(1521)には神輿の渡御が始まり、小田原城でも祈祷を行なっていたとされている。これは時の小田原城主北条氏綱の三浦荒次郎義意に対する哀悼心も創建に一役買ったと言われています。
2020年(令和2年)に居神神社創建500年の節目を迎える運びとなりました。
ご祭神/ご本尊
編集前
三浦荒次郎義意公
木花咲耶姫命
火之加具土神
編集後
三浦荒次郎義意公
木花咲耶姫命(明治四十三年 大窪村『浅間神社』より合祀)
火之加具土神(明治四十三年 大窪村『秋葉神社』より合祀)
見所
編集前
<h3>壮絶な伝説</h3>
『新編相模國風土記稿』によれば、主祭神三浦荒次郎義意の首が遠く三浦半島から飛んできました。その首は井神の森の松の木に引っかかり、三年後に成仏させた時に「永く当所の護り神となるべし」と声が聞こえたので、その松の下に創建されたのが居神神社と言われています。ただ現在その松と思われる木はありません。
<h3>御創建五百年</h3>
令和二年(2020)、居神神社は御創建五百年の節目を迎えました。
記念事業として、参道石畳の張り替えと社殿周辺の整備が行われました。
本来ならば七月に創建五百年祭として、記念式典と記念神輿渡御が行われる予定でしたが、コロナ禍により今年の開催を断念。一年後にはなってしまいますが、令和三年に執り行われる予定です。
<h3>荒神様の暴れ神輿</h3>
三浦荒次郎義意は生前とても荒々しい人だったとされ、例大祭で本社神輿はとても荒々しく担がれます。
神輿は明治二十一年に小田原藩最後の宮大工香川文造高之が手がけた近隣にはない八棟素木造のとても立派なものです。
例大祭は5月4日5日に開催され、本社神輿が担がれるのは5日と北條五代祭り(5月3日)です。特に5日は昼、荒久海岸(早川河口)にて神輿が海に入る「お浜降り」が行われます。
また、担ぎ方は「小田原流」という小田原独特の担ぎ方です。
編集後
<h3>壮絶な伝説</h3>
『新編相模國風土記稿』によれば、主祭神三浦荒次郎義意の首が遠く三浦半島から飛んできました。その首は井神の森の松の木に引っかかり、三年後に成仏させた時に「永く当所の護り神となるべし」と声が聞こえたので、その松の下に創建されたのが居神神社と言われています。ただ現在その松と思われる木はありません。
<h3>御創建五百年</h3>
令和二年(2020)、居神神社は御創建五百年の節目を迎えました。
記念事業として、参道石畳の張り替えと社殿周辺の整備が行われました。
本来ならば七月に創建五百年祭として、記念式典と記念神輿渡御が行われる予定でしたが、コロナ禍により今年の開催を断念。一年後にはなってしまいますが、令和三年に執り行われる予定です。
<h3>荒神様の暴れ神輿</h3>
三浦荒次郎義意は生前とても荒々しい人だったとされ、例大祭で本社神輿はとても荒々しく担がれます。
神輿は明治二十一年に小田原藩最後の宮大工香川文造高之が手がけた近隣にはない八棟素木造のとても立派なものです。
例大祭は5月4日5日に開催され、本社神輿が担がれるのは5日と北條五代祭り(5月3日)です。特に5日は昼、荒久海岸(早川河口)にて神輿が海に入る「お浜降り」が行われます。
また、担ぎ方は「小田原流」という小田原独特の担ぎ方です。
アクセス
編集前
箱根登山線箱根板橋駅 徒歩5分
小田原駅より箱根方面行きバス 板橋見附バス停より徒歩1分
小田原駅より徒歩20分
編集後
箱根登山線箱根板橋駅 徒歩5分
小田原駅より箱根方面行きバス 板橋見附バス停より徒歩1分
小田原駅より徒歩20分
小田原西ICより車で6分
参拝時間
編集後
参拝自由 
御朱印受付は午前9時から~午後5時
駐車場
編集後
国道一号線より境内に入り、一の鳥居の内側に数台駐車できます
トイレ
編集後
なし
行事
編集前
1月1日 歳旦祭
2月11日 祈年祭
3月最終日曜日 学業成就祭
5月4日 例大祭
5月5日 例大祭(神幸祭)
9月11日 小祭
11月23日 新嘗祭
12月31日 除夜祭
編集後
1月1日     歳旦祭
2月11日    祈年祭
3月最終日曜日 学業成就祭
5月4日     例大祭
5月5日     例大祭(神幸祭)
9月11日    小祭
11月23日    新嘗祭
12月31日    除夜祭